第24回
応用編(2)
悪い骨董屋(国内編)−苔むす路地のその奥は
うっそうと茂った木立の中、
玄関までは美しい緑の苔が生えている。
まるで古刹を見るようなたたずまいの家だった。
取引先の美術館の学芸の人をその家まで送ってあげた時の話だ。
道中車が非常に混んでいて
30分ほど約束の時間より遅れてしまった。
昨今のように携帯電話が普及しているわけではなかったので、
連絡がつけ難かった。
いらいらしたが途中止まって電話を入れるのも
さらに遅れるような気がして、
そのまま30分遅れで到着したのだった。
学芸の人を入り口まで送って引き返そうと思ったが
「一緒に来てくれませんか。」
と学芸の人がいうので共に奥へ通された。
やや小柄な、有名な骨董商A氏は
僕らが部屋に入るなり、プーンと酒の匂いを漂わせながら
客である学芸の人を睨みつけていった。
「あんた、若いから言ってあげるが
約束の時間はまもらにゃあかんわな。
これからもあることだからよう気い付けや」
と高いところからピシャッと言った。
「ここには偉い人も沢山来るけれど皆時間を厳守させてるからな」
と、さらに付け加えた。
確かに遅れたことは悪かったし注意は心に響いたが、
偉い人が来るかどうか、そんな偉い人に時間厳守させる
という言い方は僕を大いに刺激した。
Aさんも客を迎えるのに
酒臭い息をブーブーさせるとはどういうことか。と思った。
「ところでお前は誰じゃ」と、僕のほうを向いていった。
「僕は大阪の骨董屋です。この方をここまで送ってきた者です。
道中混んでいたもので
遅らせてしまって申し訳ないことをしました」
といって名刺を渡した。
僕としてはお客さんを送ってあげたのだから
お礼の一言も言ってもらいたい立場だったのだ。
しかし彼はぐっと僕を睨んで
渡した名刺をくちゃくちゃと折り出した。
「あんた、どんなものを扱っているんだ?」
「ベトナム、タイの陶磁が専門です」
到底こんな大店とは勝負にはならんし低姿勢で切り出したが、
東南アジアの陶磁器については少々自信もあるので
扱い品の説明をしたのだ。
ところがどこで機嫌を損じたのか彼は頭に血が上ったようだった。
「俺の息のかかった店が大阪にも京都にもある。
お前の店くらい一捻りにしてしまうぞ」
ととんでもない方に話が発展しだした。
「分かりました。僕は外の車で待っていますから、
終わったら声を掛けてください」
と学芸の人に言った。
「ところでご主人、
そのくちゃくちゃにしている名刺を返してください」
と言うと僕の名刺をほれっと畳の上に投げ、
「早く出て行け、警察を呼ぶぞ」と言い出した。
この辺りで一矢報いなければ男の恥。
どんなに偉い人か知らんが、
自分の客を案内してもらったのに
礼の一言も言わないどころか
罵詈雑言を浴びせるのはどう考えても道理に合わない。
「アンタ、ええ加減にせい。
僕はこんなところに1分もいたくはない。
客の前でごちゃごちゃ言う言葉か」
と言ってその場を退出し、同行の学芸員を待った。
Aさんは日本でも一流の古美術商で大変な仕事をした人だそうだ。
しかし僕が見るところ
誰も何も言わないので、
だんだん自分が見えなくなっているようだった。
こんなことはどの世界にもあるだろう。
古美術業といえどもサービス業であることにかわりはなく、
商品の説明、明瞭な価格の設定、専門的なアドバイスなどに
力を置くべきである。
一流だから良い、偉い人たちが来るから
と言うことを鼻に掛けるようになっては
もう前途はないと思えた。
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