第137回
寄り道禁止!
《旅行けば駿河の道に茶の香り……》。
私はジャズも好きだが浪花節も好きだ。
なかでも広沢虎造の『石松代参』と『石松と三十石船』は
レコードが擦り切れるくらい聴いた。
ご存じ、
《飲みねぇ、食いねぇ、もっとこっちへ寄んねぇ、
江戸っ子だってねぇ》
《神田の生まれよ》
のやりとりで知られる初代虎造一代の名調子である。
浪曲好きは父の影響で、
私の手元にある「日本浪曲大全集」は父の形見みたいなものだ。
清水の次郎長には千人近く子分があって、
その中で貸元をつとめられるくらいの貫禄が28人。
これを唱えて清水の28人衆といった。
ご存じ、大政、小政に始まって、
大瀬半五郎、増川の仙右衛門、法印大五郎、
追分三五郎、大野の鶴吉などと続くのだが、
子供のころは、どういうわけかスラスラと口をついで出てきた。
子分の名をあらかた覚えてしまったのだ。
もちろん石松兄ィを忘れるわけにはいかないが、
奇妙なことに西尾の次助だとか、
身受山の鎌太郎なんて親分の名前まで覚えている。
子供のころというのは、記憶力が異常に研ぎ澄まされていて、
どんなに難しくてややこしい言葉でも、
いとも簡単に覚えてしまう。
現にわが家の娘たちは「ポケモン」の名、
すなわち
《ピカチュー、カイリュウ、ヤドラン、ピジョン、コダック……》
などを、お経を詠むみたいに暗記していた。
私は天才ではないかと内心喜んだものだが、
そのうち近所にも同じような天才が
腐るほどいるということがわかって、がっかりしたことがある。
そういえば私も小学生のころ、
全局の一週間のテレビ番組をすべて暗記していたし、
車の車種は空でいえた。
「そんなもの覚えて何の役に立つんだ?」といわれても困る。
清水一家の子分の名前など覚えても、
糞の突っかい棒にもなりはしない。
だが子供たちには、
こうしたムダともいえる“寄り道”が必要なのだ。
何の役にも立たず、
大人たちがくだらないと一蹴してしまうものに、
子供たちは異常な情熱を傾け、胸ときめかす。
理屈ではない。
人間のやることにはすべて意味と目的がある、
と考える側にこそ問題がある。
生活のすべてが忙しく、
結果を出すことにのみ汲々とする時代にあっては、
意味のないもの、正体不明のものは忌避され、
ちょっとした寄り道、まわり道さえ許されない。
そこにこそ子供たちが胸躍らせる、
めくるめく世界があるというのに……。
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