誰が日本をダメにした?
フリージャーナリストの嶋中労さんの「オトナとはかくあるべし論」

第128回
ケータイへの甘い幻想

人並みにケータイぐらい持っているが、
使い方はよくわからない。
そのつど女房に聞くのだが、
「いいかげん覚えてよね」とイヤミをいわれる。
ようやく電話をかけられるようになったものの、
向こうからかかってきたりすると、
どこをどう押したらいいのかわからないので、
電源は切っておく。
もちろんメールなど打てないし、
iモードもGPSも知らない。
ケータイが財布代わりになる、なんて話を聞いても、
さっぱり理屈がわからない。

たしかにケータイは便利だ。
どこからでも電話がかけられるし、
どこにいても電話を受けられる。
その気になればカメラにもテレビにもなり、
ナビゲーターにもなる。
おまけに自販機で缶ジュースも買えるというのだから、
「お財布ケータイ」の噂はほんとうなのだろう。
ケータイが便利であることはわかったが、
電話機能以外に縁のない私には豚に真珠で、
おしゃぶりみたいに片時も離せない、というほどの価値はない。
だから、自転車に乗りながらのメール打ち
という上海雑技団みたいな女子高生や、
瞬時にインターネットで情報をやりとりする
若いサラリーマンを見ると、ただただ感服してしまう。
が、だからといってマネしようなどとは思わない。
区々たる情報などに少しも興味はないからだ。

夏休みに、ケータイを持った小学生をよく見かけた。
驚くことに、五人のグループがあれば、
五人全員がケータイを持っている。
それらを誇らしげに見せ合っている光景は、
私の眼には異様に映った。
娘の通う女子高は、ケータイの持ち込みを禁止している。
だが保護者から特例申請があれば許され、
娘とごく数人を除き、みなケータイ持参だという。
せっかくの規則も、尻抜けなのだ。
特例というのは、下校時、駅から自宅までが遠く、
暗がりもあって物騒だというのが最も多く、
要するに防犯用だという。
しかし皮肉にも、ケータイを持った子供たちが、
いとも簡単に誘拐され殺傷されるという事件が頻発している。

ケータイは多機能が売り物。
まれには防犯の役にも立つだろう。
が、逆に非行の温床にもなり得ることを忘れてはならない。
ケータイは万能ではないのだ。
子供にせがまれればすぐ買い与えてしまう無定見な親たち。
与えたら失うものもまた大きいことを、肝に銘じたほうがいい。
親のすねかじりの身で、ケータイを必要とする、
どんな差し迫った理由があるというのか。


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