Qさんの本を読むのが何よりスキ
という戸田敦也さんがQライブラリーのガイド役をつとめます

第211回
丸谷才一さんが『邱飯店のメニュー』を論評

邱さんの『食は広州に在り』に戦後日本を代表する
三大食べ物随筆の一つだと折り紙をつけたのは丸谷才一さんです。
『食は広州に在り』が出版されてから26年あとに生まれた
『邱飯店のメニュー』には
「コックを使って精神修養」という文章がありますが、
丸谷さんは「好きな背広」(文藝春秋)という
エッセイ集で、この「コックを使って精神修養」について
感想を書いています。引用させていただきましょう。

「料理人を雇ひたいものだ、
という文章を前に書いたことがある。(中略)
もともと現実性の薄い計画だから、
断念するのは至ってやさしいのである。
が、心のどこかには相変わらず、ほんのすこし、
料理人を雇ふことへのあこがれはちらついてゐた。

そのほのかな願望が決定的に消え失せたのは、
邱永漢さんの新著『邱飯店のメニュー』(中央公論社刊)
のなかの『コックを雇って精神修養』
という一章のせいである。
これは邱さんが『お抱えコック』を何人も雇った体験談で、
もちろん台湾から連れて来るのだが、
何度もひどい目に会ってしかも
何度も雇ったあげくの総決算だから、
話にすごみがある。

邱さんは四ヶ条にわたって愚痴をこぼしてゐる。
第一。
料理人というのは大した腕でもないのにみな自信家で、
なかなか邱夫人の言うことを聞かない。
料理の名手である邱夫人が実演してみせて、
やうやく心服するようになる。
ただしそれには時間がかかって、普通、二年の歳月を要する。
第二。
材料をむやみに無駄づかひする。
もちろんピンハネもする。
料理人が休暇で台湾へ帰ったときの、
一と月の肉屋の勘定が3万円で、
ゐるときは月15万円だから、もって知るべし。
第三。
住み込みの料理人が悪いと、
そのとばっちりを受けて苦労する。
第四。
少し余裕ができると、かならず給与条件について
闘争をはじめる。

まあざっとこんなところだが、
邱さんの文章で一番おもしろいのは、
邱家の料理人の細君が猛烈なヒステリーを起こし
邱さんが料理人にやったシャツ、パンツ、洋服など三十何枚も
鋏でズタズタに切ってしまったり、スーパーマーケットで
万引きしたあげく、台湾に帰ることになったが、
そのとき、ゆきがけの駄賃に、
邱夫人の洗顔用化粧品の中身を盗み、
ビンにサラダ油を入れたというくだりであった。
邱夫人はサラダ油で何日も顔を洗い、
をかしい、をかしい、と首をかしげた由。
邱夫人には申し訳ないが、
上出来の喜劇映画といった趣がある。」
(丸谷才一『好きな背広』)

丸谷さんの文章は仮名遣いで、
原文のまま引用させていただきました。


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2003年3月26日(水)

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