第172回
土俵が拡がる日本人が考えるべき問題の提起書『香港の挑戦』
邱さんが選挙に落選したあとに、
矢継ぎ早に発表した三つの作品がまとめられ、
『香港の挑戦』というタイトルの本が発刊されました。
この作品の「あとがき」で邱さんは
三つの作品を解説していますが、
今回はこのうちの作品「香港の挑戦」についての
解説の部分を紹介します。
「去年(昭和55年)の8月、香港で王増祥さんに会った時、
『自分は日本の証券会社から
株を買ってくれと盛んに株を買ったら、
今度は買占めだと言ってさんざん悪者にされて弱っています。
今までの経緯がわかる資料をそろえて、
明日の朝までにペニンシュラホテルに届けさせますから、
東京へのお帰りの飛行機の中ででも
お読みになって下さいませんか』と言われた。
翌朝、約束の時間に、王さんの番頭さんがホテルの私の部屋に
大きな封筒一杯の書類を届けてくれた。
成田まで戻る4時間の間に、私は書類に目を通したが、
読んでいるうちに、
『これは王さんと片倉工業の
プライベートな紛争の問題じゃないなあ。
これから日本が世界に向かって日本製品を
どんどん売っていけば、そんなに日本経済が強いのなら、
一つ我々も日本の株を買おうじゃないか
という動きがでてくる。
現に既に産油国の財政資金やアメリカ、イギリスの年金も、
日本の株を盛んに買い始めている。
日本の株式は戦後、大衆化して株が分散し、
大株主といっても3%、5%というのが多いから、
この勢いで株式投資の資金が流入してきたら、
3年か5年で日本の一流企業のトップ株主は
ほとんど外国人によって買い占められてしまうだろう。
その場合、日本の経営者が今までのように株主の意見を尊重せず、
相も変わらず10分間で終るような株主総会をやっていたら、
外人大株主と経営陣の間に必ず紛争が起こる。
片倉のケースはいわばそのハシリみたいなものだから、
いっぺん、問題提起というか、日本の産業人に
警告を発しておく必要があるなあ』と痛感した。
そこで、執筆する前に、片倉工業に電話をして、
『調停は私の柄ではないが、中立の立場だから、必要があれば、
相互の誤解をとくお手伝いをしてもよいが・・・・・』
と意向を伝えた。片倉工業から秋山常務の名前で
『当分、静観したいので』という鄭重な断りの手紙が届いた。
やはりこれはいっぺん、ジャーナリズムの話題にして、
注意を喚起する必要があると思い、
昨年、『中央公論』の11月号に『香港の挑戦』と題して
120枚の文章を書いた。
ドキュメンタリー風の書き方は私としては珍しい方であるが、
ちょうど12月1日を期して外国為替法も新しく変わるし、
日本の資金も自由に外国に行ける代わりに、
外国の資金も自由に日本に入ってきて
株を買える時期にさしかかっていたので
経営者や各企業の株式担当者たちによく読まれ、
同誌は兜町界隈や丸の内の書店で売り切れになったそうである。
その後、同じ話題を『週刊ポスト』も取り上げたし、
TBSも特集の番組を組んだ。
そのきっかけをつくったという意味では
一応の目的を達したように思う」
(『香港の挑戦』あとがき)。
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