第144回
豊かさの中で起こってきた諸現象を突く『日本人の堕落』
石油ショックの起こった翌年の昭和49年、
『日本人の堕落―諸悪の根源は金である』が
徳間書店から発刊されました。
東京タイムスに連載された作品ですが、
この作品の中で邱さんは
「日本人が同じ日本人を見ても、
その自堕落ぶりにきづくほどになった。
その原因はどこにあるのであろうか。
私のようなお金儲けのセンセイが指摘するのはおかしいが、
『諸悪の根源は金である』という気がするのである。
少し金まわりがよくなるとすぐ威張るし、自制心もなくなる。
総理大臣から労働組合の指導者に至るまで皆、
金さへあれば何とかなる、
金さへあたえれば皆ついてくる、
と信じこんで疑わないのである。
かくて日本の国は堕落に堕落を重ねる」(『日本人の堕落』)
と指摘しました。
この本で邱さんが取り上げたのは労働組合の暴走、
国鉄のお家騒動、生産過剰を放置する農政、
商社の買占め、私権の拡張、学校教育の崩壊、
家庭教育の欠如、など豊かさが実感できるようになった頃から
日本人の精神面に見られるようになった荒廃現象でした。
この本が発刊された20年後の平成6年に、
ベスト・セラーズの一冊として再版されました。
その「まえがき」で邱さんは書いています。
「国鉄を民営に変えたことによって、
あの金食い虫が一転して黒字企業になったし、
成熟化がすすんで企業の収益力が衰えると、
傍若無人な猛威をふるった労組が
あれよあれよという間に勢力失墜してしまった。
ただし、豊かさによってもたらされた日本人の堕落は
総じて日本の社会に定着している。
日本人には自分たちに対する批判を歓迎する傾向が強いから、
この本が出た当時も、私の作品としては珍しく
あちこちに書評が載ったが、
そうした被虐嗜好はいまも昔も大して変わりはないであろう」
(ベスト・シリーズ版『日本人の堕落』)と。
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