第69回
社会現象を支える日本的ムードをとりあげる『キチガイ日本』
(のち「クレージー日本」に改題)で「借金のすすめ」を提言
邱さんは『サムライ日本』が中央公論社から出版されたのを機に、
今度は社会現象から入って、これらの社会現象を支える
日本的ムードについて筆をすすめることにし、
「オール読物」の昭和33年3月号から、昭和34年2月号まで
「キチガイ日本」を連載することになりました。
「キチガイ日本とは
日本人はみな精神異常者だという意味ではなくて、
『キチガイといわれるほどでないと駄目だ』
という修辞学的な用法である、
その点は全文をご一読くだされば、
よくおわかりになっていただけると思う」
(邱永漢自選集第4・『サムライ日本』)と筆者は書いています。
この連載中に邱さんは高度成長経済に突入した
日本で起こっている「日本的ムード」をとりあげましたが、
このなかでも特筆すべきは「借金のすすめ」を提言したことです。
その部分のエッセンスを引用しましよう。
「『どこからこんな資金がでてくるのでしょうね?』
と私がきくと、『自分の金で建てている人は一人もいませんよ』
と数少ない自己資本家の大阪商人は笑いながらいった。
銀行はビル建設のための長期金融はやっていないはずである。
けれども大会社は他の名目で金を借り入れ、
帳簿のやりくりをしてビルを建てる。
3年たち5年たち利息を払っているうちに
土地や建築費が値上がりすることは見えすいている。
この情勢のもとで金を借りない経営者は
バカだということになろう。
かくてビルは林をなし、ビルラッシュが続いている限り
日本の経済界に好景気が続く。
しかし、鉄筋コンクリートは火事でもなかなか焼けないから、
東京や大阪がビルで埋まって暁にはどうするつもりだろうかと
ちょっと心配になってくる。
『なあに、心配することはないさ。
そうなったら東京湾や大阪湾でも埋め立てるさ』
と人はいうかも知れない。
多分経営者や政治家はそれでいいだろう。
だがそれにしても可哀そうなのは
食うものも食わずに貯金をして100万円貯まったら
小さな家の一軒も建てようと夢見ている人々である。
彼等が100万円貯めた頃には、200万円出しても
彼等が夢見ていたような夢は建たなくなっているであろう。
サラリーマン諸君よ!
経営者を見ならってまず金を借りて家を建て、
それから賃上げ闘争をやって
少しずつ返済していったらいかがです? 」
こうした文章をまとめて
『キチガイ日本』がS36年6月に南北社から刊行され、
邱永漢ベストシリーズでは平成7年に
『クレージー日本』と改題して再版されました。
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