第67回
江戸川乱歩さんに勧められて書いた推理小説集『被害者は誰だ』
昭和34年から35年にかけて邱さんは推理小説を書きました。
『怪人二十面相』とか『少年探偵団』の作者として知られる
江戸川乱歩さんに勧められてのことです。
江戸川乱歩さんの足跡をたどると、昭和30年頃、
戦後のミステリの発展をささえてきた『宝石』の経営難を救うため、
その編集長になり、後輩に原稿を依頼して歩き、
さらには私財を投じ、広告集めまでされたようです。
この江戸川さんの要請を受けて邱さんは、
『宝石』誌に2ヶ月にいっぺんくらいの頻度で
"推理作品"を発表しました。
発表したのは「被害者は誰だ」、「懲役5年」、「恐喝者」、
「視線と刃物」、「教祖と泥棒」の五作品です。
このほか『婦人公論』にも「麻薬王」を発表しています。
この六つの作品をまとめて昭和35年8月に発刊したのが
推理小説集『被害者は誰だ』です。
「推理小説集『被害者は誰だ』は
『宝石』の主宰者である江戸川乱歩さんが、
邱さんはあんな論理的な文章を書く人だから、
お前行って頼んでこいと、
時の編集長を私のところにたびたびよこした結果、
『宝石』に何回かにわたって短編を書いたものである。
それらの短編を集めて本にして出すと『朝日新聞』の書評欄が
『志賀直哉を思わせるような鋭い文章』といって
ずいぶん褒めてくれた。
志賀直哉は日本では小説の神様扱いを受けているから
もちろん褒め言葉に違いないが、
私のような海千山千(自分でいうのもおかしいが)の
人間から見ると甘やかされて育った坊ちゃんにすぎず、
私はそのことを『日本天国論』で指摘していたから、
妙にくすぐったかった。」(『私の金儲け自伝』)
この『被害者は誰だ』は邱永漢ベストシリーズ・36巻として
平成7年に再版されました。
『被害者は誰だ』というタイトルからして
ちょっと変わっていますが、この本を発刊するにあたり邱さんは
「最後の1ページを先に読んでも
結構読むにたえる小説が書きたかった」
「推理小説のとりあつかう材料
(金、セックス、陰謀、犯罪などなど)を
もう一つ別の角度から書いたと思いかえしている」
(『被害者は誰だ』あとがき)と書いています。
なおミステリー評論家の新保博久さんと山前譲さんが平成6年に
江戸川乱歩さんの総勢161人に及ぶ推理小説案内書
『日本探偵小説事典』を編集し、
河出書房新社から出版しています。
少し分厚い本ですが、ここには邱さんが
『宝石』誌に発表した作品について
江戸川乱歩さんがその都度書いた書評が記載されています。
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