第50回
東洋の思想家は人間の根本的な弱点をついた「無限の思想家」です
世の中には色々な思想がありますが、
中国大陸で"諸子百家"と呼ばれて輩出した
一群の思想家の思想を私たちはどうとらえたらいいのでしょうか。
この点について邱さんは『東洋の思想家』で
「たとえば社会思想という呼ばれるものは、
社会が変革すれば古いものは通用しなくなるが、
未来を予言した思想は予言が的中した途端に
その値打ちを失って滅びてしまう。
逆に言えば今日に至るまで滅びないで生き残った思想は、
人間が解決できない問題を取り扱ったものに限られ、
その見解が必ずしも世間一般から受け入れられず、
しかもそれ故に一部の人々から却って強く支持されている」と
指摘しています。
『東洋の思想家』のずっと後で邱さんは
「私の知っている孔子と韓非子」
(『食べて儲けて考えて』昭和57年に収録)
というエッセイを書き、この中で
「孔子、荘子、管非子は人間の根本的な弱点をついた
無限の思想家である」と表現しています。
「今世紀(20世紀)にはいってから中国で最も広く
受け入れられた思想は、
孫文の三民主義とマルクスの共産主義であるが、
いずれも革命思想であるから、いわば権力闘争の具であり、
権力を獲得するまでのいのちにすぎない。
革命思想は勇ましいものであるから、
青年たちの正義感を刺激する要素を持っており、
中国共産党のように天下をとるところまで発展する場合もある。
しかし革命思想は社会の矛盾から発したものであるから、
矛盾が解消すれば、思想そのものは滅びる。」
一方「孔子や荘子や管非子の思想家はいずれも
『時限』思想家でなくて、
人間の根本的な弱点をついた『無限の思想家』であり、
したがってその生命は人類とともに長いのである。
逆にいえば、この三人に代表される儒教、道教、法家の思想は
すべての人間から100%支持されるような性格のものではなく、
人がそのどれを選ぶかはその人の好みによるものなのである。」
と書いています。
(同上)
その好みの割合につき、最新作『中国の旅、食もまた楽し』で
「中国人の心を現に支配している半分が儒教、老荘が30%、
そして、法家の思想は精々多くて20%ということだろうか」と
書いています。
さても、「東洋の思想家は人間の根本的な弱点をついた
『無限の思想家』である」という指摘は
邱さんの東洋の思想家たちの思想に対する考えを
より先鋭に伝える表現だと思いますので
後日の作品ではありますがここに紹介しました。
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