もう一つ、邱飯店が次第に有名になって、「ご馳走をしろ」という注文もそれだけ多くなり、いちいち応じられなくなってきたことである。「お金なら、いくらでも出す」といわれても、商売にしていないのだから、お金をいただくわけにはいかない。それでも押しかけ客になった人々もあって、大和証券会長の千野℃桾v妻、日本債券信用銀行頭取の安川七郎夫妻、博報堂社長の近藤道生夫妻は、向こうから催促されて宴を張った。それでも楽しい宴だったから、押しかけ客も悪いものではない。ときには催促されて大宴をひらくのもいいなあ、と思っている。
しかし、世の中には食いしん坊はゴマンといる。私と一面識もない人が突然、私の家に電話してきて、「飯を食わせろ」といわれても、それに応ずるわけにはいかないだろう。そういう人はどうすればよいのだろうか。そういう人は、私が仕事を失うか、貧乏して、昔とった杵柄で、邱飯店をひらいて飯を食わなければならなくなる日を待つことである。人生はどんなことが襲うかわからないから、私にそういう日がないとは誰も断言できない。いつも、そういう日に備えて、私はあれこれ手を打っている。邱飯店などというのも、精々、しっかり腕を磨き、努力を重ねて、お金をいただいてもちゃんとやっていけるようにしておく必要があるのである。
そういえば、食べ物商売は、水商売の一種に数えられ、不景気になると一番影響を受ける商売と考えられている。また食品産業は量ははける代わりに、利の薄い商売だと信じられている。
しかし、工業生産力がこれだけついて、自動車でも船でも衣料品でも、ほしいものがすぐにでも供給できる体制になると、耐久消費財はなかなか売れなくなって、食べ物のような三度三度消耗し消費されるものが相対的に重視されるようになる。とりわけ工場のロボット化によって排出された余剰労働力は流通業か、サービス業に向かうよりほかないから、ただでさえ過剰気味の飲食業にさらに投資が集中するものと予測される。その場合、既成の業界に、既成の形態の新規投資が行われるのではなくて、必ず創意工夫をこらした新入りという形をとる筈である。いくらでも、まだまだ工夫の余地の大きいのが飲食業界なのである。

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