三十五、高度成長の立役者 盛田昭夫夫妻
ソニーの会長盛田昭夫さんと私は同じ町内に住んでいる。すぐ目と鼻の先の隣組といいたいところだが、生憎とうちのお向かいは高見山関で、昔は民社党の西村栄一委員長が住んでいたが、政治家は死ぬとたいてい遺族が支えきれなくなって、すぐ家を売る。そのあとを不動産屋が買って二つに割り、その広い方へ高見山が、丸八真綿か何かで儲けたとみえ、新しい家を建てて引越してきた。
高見山宅の裏手は三千坪ほどの空地になっていて、一時、秀和が買って高層マンションを建てようとしたが、十メートルの高度制限のあるところだから住民の反対にあい、ついに断念して土地を目黒区役所に売った。区役所がそこを公園にしたので、もともと西郷従道の邸跡で西郷山と呼ばれたところにふさわしい環境に戻ってきた。その西郷山公園の向こう側に盛田さんの家がある。
三階建の堂々たる洋館で、屋根の上に無電の塔のようなものが立っているので、一見、放送局風だが、よほど泥棒に狙われるとみえて、高い垣根に防犯用の鉄線が幾重にも張りめぐらされている。ちょうど私たちの散歩コースにあたるので、あの物々しい防備ぶりを見あげるたびに、大金持ちになるのも楽じゃないなあと思っていたが、盛田夫人にきいたところによると、外壁はもとよりのこと、部屋から部屋へ行くのにもブザーが鳴る装置がしてあるのに、それをくぐりぬけて盛田さんの部屋まで侵入してきたドロボーもいるそうである。ご苦労さんといいたい気持だが、個人の邸宅へ入っても、苦心した割にはひきあわない時代になりつつある。いまのドロボーは現金しか狙わないが、現金を千万円単位で家の中に放置してある大金持ちというのは、同じ町内では美空ひばりさんの家くらいなものであろう。だから、頭のいい盗人は、やはり銀行を狙うことになり、銀行なら損をするのは保険会社だけだから、銀行員も本気にならず、簡単に札東を投げてくれる。生命の危険はお互いにあまりないのである。ところが、ドロボーの中にも頭の古いのがいて、相変わらず大金持ちの家にはお金がどっさりあると思い込んでいるのがいて、南平台とか青葉台の街頭には「空巣に注意」という立看板がたくさん立っているのである。
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