私はすぐに賛成して、台湾でコックの募集をしたところ、予想外に応募者があった。他薦自薦もあるなかで、結局、知り合いの新聞記者が連れてきた軍人あがりのコックを夫婦で採用した。軍隊で炊事に従事したかどうかはきかなかったが、退役後、コックをやったり、自分で小料理屋をやったが、いずれも失敗に終わり、私のところへきたときはバスに乗る金もなく、三十分も一人で中山北路にある私の事務所まで歩いてきた。その夫婦に私の妹の家まできてもらって、台所を借りて料理をやらせてみた。腕はさほどということはないが、教えればなんとかなりそうな気がした。そこで夫婦で東京へきてもらったが、そのあとがたいへんだった。谷崎潤一郎の小説にも「台所太平記」というのがあるが、お手伝いさんを使うのもたいへんな苦労である。コックはもうひとまわり大きなお荷物みたいなものであるから、コックを抱えて大富豪のごとく振舞おうと思えば、かなり広い度量をもたなければならないのである。
まず第一に、たいした腕でもないのに、コックはみな彼らなりに自信をもっているから、なかなかうちの女房のいうことをきかない。「うちの奥様は、お前よりも遥かに腕ききで、東京でも評判なのだから、教えてもらえ」といくら私がいっても、口先では「ハイ、ハイ」と調子を合わせるが、内心では「女に何がわかる!」と見くびって、いうことをきかない。「この料理は油が強すぎたから、こういうことになるのですよ」「この料理はメリケン粉よりもカタクリ粉の量を多くしないと、パリッと揚がりませんよ」といちいち文句をつけるが、それでもなおそうしない。しまいにはこちらが台所に立って、目の前で作って見せてやる。実力の差は明明白々であるから遂にはカブトを脱いで、「私の師匠は奥様です。中国では弟子入りするのに衣服を謝礼として持参しますが、私はお金がありませんので、私の服も奥様にいただいております」と心服するようになった。しかし、それまでに凡そ二年くらいの歳月を要した。
第二に、材料を盛んに無駄にする。中国人のコックにはもう一つピンハネをするという悪習かあるが、肉屋と八百屋以外は、うちの女房が自分で仕入れに行くから、そのチャンスはあまりない。その代わり、買ってきたものを冷蔵庫に入れたまま忘れてしまうとか、たくさん作りすぎて食べ残すと、そのまま捨ててしまう。コックが休暇で故郷へ帰った月の肉屋の勘定が三万円で、いるときが十五万円だから、他は推して知るべしである。こういう無駄使いをされてもいっさい見て見ぬふりをしなければ、とてもコックを使う有資格者にはなれないのである。
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