二十二、メニューに出ない料理のメニュー
私たちはよく人を家に招待するが、人の家に招待されることはめったにない。「邱さんの家のようなご馳走をいただいたあとでは、とてもご招待する気がしませんよ」とか、「舌の肥えた人をご馳走するだけの自信はありませんから」と敬遠される。一般に日本人は、自宅に人を招待したり、されたりの習慣がなく、仕事のうえのお客は料亭によんで片づけてしまう。それも、「奥様もどうぞご一緒に」というのは珍しく、たいていは、男だけということが多い。
たまに夫婦で招待される場合でも、「あの人たちは中国人だから、中華料理がよいでしょうね」と気をきかせて、私たちを中華料理屋に招待して下さったりする。香港か台湾で、中華料理屋に招待されるのなら、もとよりなんの抵抗もないが、日本で中華料理屋ときいただけで、げんなりしてしまう。東京の中華料理屋の程度が悪いというわけではない。私たちが中華料理が嫌いというわけでもない。ただ私たちはふだん中華料理をメインとした食生活をしており、中華料理についてはうまい、まずいの峻別がきびしく、下手クソのコックには我慢しきれないところがあるので、外へ行ったときくらい、できれば中華料理以外の料理にありつきたいと思う。だから「何料理をご所望ですか?」ときかれたら、「中華料理以外ならなんでも」と答えるし、「じゃ、日本料理にしましょうか、それともフランス料理にしましょうか?」ときかれたら、「それでは、日本料理にして下さい」と答えることが多い。しかし、西洋料理が嫌いということではなく、フランスにわざわざフランス料理を食べに出かけるくらいだから、どこの国の料理が好きで、どこの国の料理が嫌いということはない。
日本料理、中華料理、西洋料理と並べて、どこの料理がすぐれていて、どこの料理が劣っているということもない。イギリスやドイツは料理がまずいが、フランスやイタリアは料理がうまいという区別ならある。そんなことをいったら、日本料理だって、京都や金沢はうまいが、東北や北海道や山陰はまずいという区別がある。だから、どこの料理がうまくて、どこの料理がまずいというよりは、どこの料理にも、うまい料理とまずい料理があって、「あなたは何料理が好きですか?」ときかれたら、「何料理でもいいんですが、うまい料理が好きなんです」とでもお答えするよりほかないであろう。
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