私は間もなく『サンケイ新聞』で、総合雑誌の月評を受け持つようになった。『世界』『中央公論』『文藝春秋』などの総合雑誌を丹念に読んで、掲載された論文の内容にまで立ち入ってあれこれ揚げつらうのはしんどい作業であったが、これも勉強と思って、引き受けた。念のため他の月評子の文章を過去にさかのぼって読んでみたところ、無いものねだりの理想論が多いのに一驚した。私は実際家だから、雑誌の出来不出来を内容を見ただけではきめない。もし自分が編集長だったら、どんなテーマをとりあげただろうかと想定しながら、内容を検討する。 どうしてかというと、編集長は所詮、呼出太郎で、呼び出した執筆者がお客を満足させてくれるような、見事な相換をとるかどうかは、また別の問題だからである。そういう角度から雑誌の目次を眺めると、池島編集長は、毎号、必ず四本の柱になるテーマをとりあげており、私が今月の問題としてそれはポイントをついているかどうか、改めて検討してみると、実にドンピシャリなのである。これにはさすがの私もシャッポーをぬいで、「こういうのを大編集者というんだな」と改めて脱帽敬礼したものである。 さて、それからまたしばらくたって、私が『文藝春秋』に「頭に毛が生えた話」という文章を書いたことがあった。頭髪が次第に淋しくなることについては、池島さんも私も同じ立場であったが、もうその頃には池島さんは頭の上にタダの一本もないようになっていたのに対し、私はまだまったく絶望的というところまではいっていなかった。たまたま九州で獣医をやっていた人がブルガリア菌に似た酵母菌からとった酵素を防腐剤として食品に添加して効果をあげており、その売り込みのために手を貸してもらえないか、と軽井沢の別荘に滞在していた私のところへ訪ねてきた。その酵素は、ヤケドにも効くし、水虫にも効くと本人がいうので、小学校に行っていたうちの次男が「ハゲにも効きますか?」ときいた。「効きますよ」といわれて、「じゃ、うちのパパが気にしているから、パパに持ってきてあげて」と親孝行な息子が注文をした。やがてその液体が送られてきて、私が半信半疑で使ってみたところ、約一ヵ月後に初毛がギッシリ生えてきた。これには私が驚喜し、本当に毛が生えたら、どれだけ人助けになるかわからない。それにハゲのクスリを発見したら、世界的な大金持ちになるぞと思っていたので、その経過を『文藝春秋』に書いたのである。驚くほどの反響があって、私の家には郵便屋さんがダンボール箱で何杯もの手紙を運びこんできた。いずれもそのクスリを下さいという切々たる訴えの手紙ばかりであった。
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