本日は、中国春節祝日の最終日です。
私は北京で働いていますが、
北京から遠くに故郷がある人は、電車にゆられて帰郷すると
移動だけで往復4、5日かかる場合もありますので、
1週間の祝日に有給を付けて、2週間近い長期休暇をとり、
故郷で家族と過ごします。
私も仕事をしたくともはかどりませんので、
爆竹が鳴り止まぬ街でのんびりとした時間を過ごしています。
さて、昨年の中国で流行した言葉に、
「被代表」とか「被小康」という言葉がありました。
個人的にとても印象に残っています。
中国語で「被(べい)」は、
「被る」という文字通り受動態に使われ、
ここでは「(勝手に)代表とされていた」とか
「(勝手に)小康(裕福)とされていた」という意味になります。
例えば、政府が設定した公聴会のような場所で、
ある人が発表した意見をもって
国民の代表意見とされたようなケースで、
これと異なる意見の人が不満を持ったとき。
または、統計局が独自に調査した結果、
「国民は概ね裕福」という結果が発表され、
「私はまだ裕福じゃない」と思う人が
「勝手に裕福にされた」と不満を持つ時に使います。
私は北京に住んでいますが、
都市生活を享受する人と出稼ぎの方々が混在する中国都市部では、
貧富の差がいやでも目立ちます。
中国が豊かになる段階で貧富の差が出てくるのは当たり前だし、
こういう不満が流行語として現れてくるのも自然なのでしょう。
ところ変わり、
先日、たまたま遠距離電車が発着する北京駅に立ち寄った時の事。
故郷へ帰る人でごった返しになっていたのですが、
そんな人に向けて張り紙が張ってありました。
「民工達(出稼ぎの方々)へ、本年もお疲れ様でした。
皆さんが北京の都市文化を作り上げ、
都市の発展のために尽力されたことを誇りに思うとともに、
深く感謝します。
正月は故郷の大事な家族をいたわり、ゆっくりとお休み下さい。」
という様な張り紙の内容でした。
さりげなく貼ってあるだけなので、
肝心の出稼ぎに来ている民工さん達は
気に留めていたか判りませんが、
こういった「いたわり」「ねぎらい」の言葉を
こうした機会にしっかりと表すことを怠らない中国政府、
さすがは13億の人口を抱える政府だと関心をしました。
もし、この表現がなかったら
「被(べい)」の精神でみんな疲弊するかもしれません。
家族や職場、仲間同士などの小さな人間単位でも同じですものね。
思いがけず「いたわり」「ねぎらい」の心に触れて、
心が暖かくなった春節でした。
<つづく>
絶世の活動情報 : www.zessei.com
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