表題からすると私がワイロを送ったように思えるかもしれませんが、それは誤解ですので、
あらかじめ申し上げておきます。
私がワイロを初めて目の当たりにしたのは、内装工事の真っ最中でした。
前回少しふれた消防局の局長が突然抜き打ち検査にやってきて
なにやら現場で怒鳴り散らしています。
びっくりした私は、内装工事会社と消防設備会社の社長に詳しい事情を聞くと、
なにやら消防法に触れる部分があるとかないとか。
さらに、消防設備会社の社長が困ったような、
また少し含みをもったような顔をして言ったのは、
「まあ、ここはあなたが外国人であることを利用して、
事前によく法規を理解していなかったことにして、今晩お詫びに行きましょう。
なあに、うまくやりますよ、私の方が。」
となんだか、私が餌にされてしまったのでした。
その晩、私は助手をつれ消防局の局長を訪れました。
すると助手が、「社長、あの紙包みの中に赤い封筒(ワイロ)がはいっていますよ、絶対。」
と囁きました。
局長との面会を許されると、私が外国人でよくわかってなかったこと、
設立前の外資系企業であることなど、
私にとってはなにやら腑に落ちない理由を並べられ、なんとか丸く収まったのでした。
現場であんなに怒鳴り散らしていた局長も
なんだか外国人が直接謝りに来たことで態度は軟化しています。
そして、消防設備会社の社長が最後に、
「これつまらないものですが。」と菓子折りを渡すと、
局長はわざとらしく困ったような顔をして、
「いや、気は使うものじゃないよ。」と言ったのでした。
消防局を出たところで、ほっとしていると、
先ほどの局長が偶然帰宅するところでまたばったりと会ってしまいました。
すると、満面の笑みを浮かべながら
「いや、今日はわざわざお疲れ様。そこまで送るから乗って乗って。」
と局長の車に押し込まれてしまいました。
「いや、次回からは気をつけてくればいいから。」と上機嫌な局長の横顔に、
お金が人の態度を180度露骨に変えることに嫌気が差したのを覚えています。
しかし、この局長ただものではありませんでした。
次は、内装会社の社長に連絡をつけ、
「先月買った私のマンションの壁の吹きつけ工事をやってほしいんだが、
費用は牛牛福にでもつけておいてよ。」と言ったとか。
さすがに、これは内装会社の社長にはっきりとお断りの返事をして、
うまく処理をしてもらいましたが、あまりのあつかましさにあきれて、
腐敗大国中国の片鱗を垣間見ることで、寂しい気持ちになったものです。
中国でワイロといえば、消防から始まり各部門に関連するのですが、
衛生局もなかなかの評判のようです。
私は、このあたりの実情がわからず、内装会社の社長がうまく手を回してくれたようです。
どうやら、私からという形で、
その社長が衛生局に赤い封筒を渡してくれていたようなのです。
ところが、びっくりしたのは、その日の午後でした。
その衛生局の担当主任から私の携帯に電話があり、「会いたい。」と連絡がありました。
その日の午前中に、内装会社の社長からは、ワイロの話を聞いていましたので、
「もしや、額が少なすぎたクレームか!?」とどきどきしながらその主任と会いました。
私と会うや否やその主任は、ゆっくりと私の目を見ながら言ったのです。
「キムさん。あなたは外国人で、まだ中国に着たばかりで
いろいろなことに不安を感じているのはわかります。
だけどね、中国だからといってこういうものが必要なわけではないんです。
こんなものがなくても、中国ではちゃんと許可がおりるんですよ。」
と両手でその封筒を私の胸にしまいました。
連日の困難と疲労。
先日の消防局長に怒りと失望を抱いていた私は、
あまりにクリーンなこの主任の言葉と態度に、目にいっぱいの涙を溜めてしまったのです。
ありがとう。あなたにはいまでも感謝しています。
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