第96回
人財をつくる その1
60日前 松井さんピンチ あの斎藤さんがやめる
内装業者も決まり、
いよいよ内装工事の着工も真近になりました。
開店60日前までに店舗設備の概要を決定できた事は、
始めて開業する場合では上出来です。
鬼専務との家賃値下げ攻防の
第2ラウンドが控えていますが、
松井さんには少しばかりの手ごたえを感じています。
しかし世の中は決して甘くありません。
あの斎藤さんが会社をやめると云う大事件が
松井さんをおそいました。
開店まで60日前になったある日、
いつもなら必ず定時に出社する斎藤さんが
出社していません。
時間に厳しい若者は貴重です。
松井さん、斎藤さんの時間に対する厳しい姿勢を評価し、
全面的に信頼をおいて
初代の店長にと考えていた位です。
昼少し前、斎藤さんが
40代に見える1人の男性と一緒に会社に来ました。
斎藤さん全く元気がありません。
名刺を交換し自己紹介したその男性は
何と斎藤さんのお兄さんだったのです。
お兄さんは松井さんに事のいきさつを話しました。
大阪でワイヤーロープの製造をしている斎藤さんの実家は、
70才になるお父さんと長男、次男とで
現在まで営業してきましたが、長男が病に倒れ、
斎藤さんと一緒に会社に来た次男のお兄さんが
柱になって家業を支えなければならなくなりました。
しかし、1人で家業を支えることは難しく
三男の斎藤さんに実家に戻って欲しいと話しにきたそうです。
三男の斎藤さんは三男ゆえに大阪を離れ
好きな道を歩く事ができましたが、
長男の兄が倒れたことで
実家に戻って会社を支えなければならなくなったのです。
何度も頭を下げる次男、下を向く斎藤さん。
周囲は重い雰囲気に包まれました。
松井さんは斎藤さんに云いました。
「戻って50年続いているワイヤーロープの会社を支えろ。
斎藤君ならきっと立派にやっていける、
今、君を失うことは船のエンジンを失うことと同じだけど、
成功する風を大阪から送ってくれ」
松井さん最大のピンチを迎えました。
『人の心を憂う、人だからできる事
これを優しいと云う』
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