第2103回
90歳を過ぎて手紙が書けますか?
「元気で長生きの基準」とはいろいろあるでしょうが、
拙著「大正霊戦記―大逆事件異聞
沖野岩三郎伝」
の読者の反響の中で、びっくりしたことがあります。
それは、90歳を超えて、350ページの本を読了し、
感想を理路整然と手紙にしたためて
送ってくれた方たちが3人もおられたことです。
元気で長生きの基準のひとつに
90歳を過ぎても達筆で手紙が書ける――、
そうした心身の健全さが挙げられると感じました。
まえに、このコラムで、
本書の主人公・沖野岩三郎の地元・和歌山での講演を、
若き日に聞いたという91歳の
池本多萬留さんからの手紙を紹介しましたが、
お会いしたときの記憶も確かで、
いまだ郷土史も研究執筆している元気な方でした。
凄いものですね。
ところが、しばらくして、
沖野岩三郎の養女にあたる僕の母の義理の弟――、
つまり僕の叔父の西川清さんからも、しっかりとした字で、
感想が送られてきました。この人は92歳です。
「この度、『沖野岩三郎伝 大正霊戦記』を
御送付頂き誠に有難う存じました。
早速御礼状を差上ぐべきが本来ですが、
一応読み終えてからに致したいと思ったので遅くなりました。
御体の調子が本調子でないように伺いましたが如何ですか。
病気を抱えての御労作大変だったかと思います。(略)
沖野さん自身のことより大逆事件の真相調査に
大変御苦労なさったことと思います。
私も若い頃から大逆事件というものが
あったということ位は聞いて居りましたが、
詳細は知りませんでしたので本書によってよく分かりました。(略)
あなたもまだ若いのですから、
どうか御体を大切になさって病気を治してください。(以下略)」
この叔父は、実際に沖野岩三郎とは面識はない縁者なのですが、
この時代のことを体感で知っている世代でありますから、
すらすらと読めたのかも知れませんが、
しっかりと達筆で礼状までくれたのには恐縮しました。
そして、さらに長寿元気パワーにびっくりしたのは、
明治学院大学名誉教授で沖野研究家でもある
98歳の平林武雄さんからも楷書体のしっかりとした
手紙をいただいたことです。
昔『日本児童文学体系』で
沖野の童話の解説をなさっておられたので、
本書では、ここから引用させていただいた経緯があり、
献本させていただいたわけですが、
いろいろ昔の資料もコピーして送っていただきました。
「(略)沖野先生作・童話研究の序説らしきものを
ご参考になさったというご縁で、最新刊のご著書を
賜りましたことまことに有り難くも恐縮の至りでございます。
ご労作は大逆事件の終始をお述べになって遺憾なく、
読了して長大息いたしました。
ご本は印刷造本、当今の出版として稀な立派なものであり
ご満足のことでしょう。
機会を得て明治学院の現旧の学生諸氏にも
拝読するよう薦めさせて頂きます。(以下略)」
いやはや人生の大先達から、
過分なお褒めのことばをいただくばかりか、
その心身の充実した長寿パワーに、僕は頭が下がりました。
もちろん、本書のような評伝は、僕より年下の世代には
なかなか馴染みにくい昔話の渋いテーマですから、
献本先からの礼状の大抵が
「改めて、ゆっくり熟読させていただきます」という
慇懃にして紋切り型なものが多いわけで、
こうして頭脳も筆運びも若々しい90歳の方々からの
達筆なる書状を拝受してしまうと、
これぞ身・魂・心の充実を貫いてきた
「いのちの素晴らしさ」だなあ・・・
と感じ入ってしまったわけです。
|