第1824回
「魂進化論」と新訳古典ブーム
40歳を越えたらスピリチャルな面を思い起こそう――、
40歳を越えた中年の患者や家族は、「心魂本」を読もう――、
これぞ人生観を豊かにするだけでなく、
心身を健康に保つヒケツだ――、
という話を、僕はこのコラムで、何回か書いてきました。
その根拠は、「(1)身体(生物学的発達)
(2)精神(心理学的発達)は、
ともに、20歳頃ころまでに成長し、
40歳まで平衡状態が続き、40歳ころから衰えていく・・・。
それに引き換え、魂(スピリチャルな発達)は
40歳ころから進化する、成長が始まる」という
バーナード・リーヴァフッド(Bernard Lievegoed)という、
オランダの精神科医で人智学者の
「40歳からの魂進化論」に賛同しているからです。
そして、流行書を読むだけでなく、
古今東西の古典名作を読もうとも書いてきたわけですが、
先日、東京大学大学院でロシア語を教えておられる
安岡治子准教授から「地下室の手記」(光文社新訳古典文庫)
という
ロシアの文豪・ドストエフスキーの短編の
翻訳文庫本が送られてきたのです。
ロシア文学の翻訳本というと、
なんとなく言葉遣いが古めかしくて、
若者のみならず、中年のオッサンにしても敬遠しがちでした。
ところが、この本は、形態が手軽というだけでなく、
翻訳がとても馴染みやすくて、
ドストエフスキーの難渋な文章が
すらすらと頭に入ってくるのには驚きます。
ちなみに、ドストエフスキーといえば、
人間はなぜ悪を犯すのか?
という重厚なテーマを追求し続けた人で、
「カラマーゾフの兄弟」や
「罪と罰」という長編小説で有名ですが、
この本は、多くの超大作のバックボーンとも言うべき
思索の核心を綴った短編です。
2部構成で出来ています。
ずばり、「自分とは何か?」――、
40歳にしてエリート官僚を辞め、
地下生活を始める“俺”の自意識の極限を見つめる話。
真の幸福とは、欲望でもなければ
理性や論理によって規制した状態でもない。
苦痛も苦悩も乗り越えて、最後は
「キリストを見習って没我的に生きることだ」とする
文豪・ドストエフスキーの真髄を綴った短編です。
作品は、1864年に書かれたのですが、
東京大学大学院准教授の安岡治子さんは、
新たに“俺”という語り口で、
主人公に親しみを込めて翻訳されたからでしょう。
みごとに19世紀の名著が21世紀の好著として蘇っています。
古典嫌いのあなたもぜひ読んでみてください。
たしかに、安岡さんが「ある意味でこれ以上暗い小説はない」と
あとがきでも書いておられるように、
自らの自意識の極限を見つめ、ときに自嘲気味に笑いのめす世界は
難渋といえば難渋ですが、いまの読者にも
エンパシー(共感)できる部分が、次々と展開され
ついつい読者が引き込まれていくから不思議な本です。
この「光文社古典新訳文庫」シリーズでは、
『カラマーゾフの兄弟』ほか、
海外の古典的な名作が読みやすく翻訳されていて、
いまはちょっとした「古典新訳」ブームのようです。
変わったのは翻訳だけではなく、
作品名の表記にも一工夫があります。
たとえば、サン=テグジュペリの『星の王子さま』は
原題により近い『ちいさな王子』(野崎歓訳)になっています。
ともあれ、
19世紀のドストエフスキーが
この短編で警鐘を鳴らしているように、
あらゆる分野で合理主義が横行している世の中、
そして、個人の生き方もおかしいわけです。
この新訳古典文庫シリーズは
きっと、21世紀のあなたの
「魂の進化」に影響を及ぼすことでしょう。
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