第299回
正月は縁起でもない話をしましょう

正月早々縁起でもないことですが、
実は年末に葬儀のイベントをやっている会社の人から
手紙をいただきました。
昔、私が書いた
「死に方、辞め方、別れ方」という本を読んだが、
とても17年前の著作とは思えないほど現代人的発想で、
その先見性に感銘しました、とおだてた上で、
先生もそろそろ死亡適齢期
(確かに私はそういう表現をしたことを記憶しています)
ですから、自分の葬儀のことをお考えでしょうか。
もし深沢七郎さんのような
生前葬をなさるお気持がありましたら、
お手伝いできますが・・・・・
という意味のことがしたためてありました。

私は深沢さんのように
自分の写真に向ってお経をあげる趣味はありませんが、
もうそう遠い将来のことではない
という認識もありますので、
場合によっては当日のプロデュースを
やってもらってもいいと考えて、
そこの会社の社長さん、副社長、
それに担当者にも来ていただきました。

ところが色々と話をうかがっているうちに、
葬式のプロデュースが如何に難しいものであるか
改めて痛感させられました。
結婚式や叙勲の祝賀会のようなお祝いのパーティは
喜びながらやることですから、気前もよくなりますが、
湿っぽいお別れの会を予約する人なんかいないし、
一流ホテルでやったとしても
ご馳走を食べて帰る人なんかいません。

でもいつかは必ず一度は遭遇しなければならないことです。
そうは言っても一生に一度しかないことだし、
その時ご本人は不在ときています。
いくら商売と言っても、
こればかりは友人をあてに商売はできないし、
こちらからセールスに出かけるわけにも行きません。
お墓なら必要品だから泣き泣きでも買うけれど、
悲しみのプロデュースはお金にすること自体に
無理があることがわかりました。
いくらオールド・マーケットと言っても、
年寄りは死ぬことに興味はありませんもんね。


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2001年1月3日(水)

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