第252回
ファッションは原宿で勝負がきまる

原宿に進出してきたことが
ユニクロの大躍進のきっかけになったと、
ユニクロの紹介をした本は書いています。
山口県の田舎からスタートして
先ず地方都市で地堅めをし、
昔の表現を使えば、上洛して勝負に出たユニクロが
真先に選んだところが原宿というのですから、
社長の柳井正さんが只者でないことがわかります。

私は私で友人の服飾評論家の出版記念会に
ユニクロで買った1900円のシャツを着て
出かけて行きました。
日本国中の有名なデザイナーや
ファッション・ビジネスの業者が集まることが
わかっていたので、わざとネクタイも締めず、
安いデニムのシャツを着て行ったのです。
私がスピーチを頼まれたのは、
ファッション業界の最長老石津謙介さんの次でした。

私はいま世の中が変わりつつあることにふれ、
ファッション業界も例外でない、
その一例として私の着ているワイシャツをつまんで、
これは1900円のシャツだけど、
いまにこれが一世を風靡するようになるでしょう、
1万円も2万円もするシャツを
どうしてうまく売るかなんて考えていられなくなりますよ、
という話をしました。

業者の人たちは思いもよらない話だったし、
不景気に対する危機感はあるけれども、
革命的な発想に対する危機感は
持たない人が大半でしたから、
私の警鐘に耳を傾ける人はほとんどありませんでした。
それから1年もたたないうちに、
ユニクロがデパートやスーパーの衣料品売り場を
虫食いにし、
カジュアルだけに搾ったユニクロの売上げが
2200億円にものぼり、
経常益だけでも604億円という
イトーヨーカ堂の経常益510億円をしのぐ数字が
新聞に発表されたのです。
柳井さんは
「危ないことですよ」
と口では言っていましたが、
来期は売上げ3300億円、経常益800億円を目指して
拡張計画を進めています。
のちに柳井さんは私に
ユニクロの重役陣を紹介してくれましたが、
いずれも若い人ばかりです。
どう考えても産業界は選手交替の時期ですね。


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