第150回 
お金の世界でも“老兵は消え去るのみ”

世の中が大きく変わる時は既成秩序が崩壊するので、
支配階級や有産階級が入れ替わるようなことが起ります。

私が小説家を志して
香港から東京へ舞い戻ってきた頃は
(私は戦争中に東大で勉強していました)
獅子文六さんの
「大番」という相場師をモデルにした小説が
週刊朝日に連載されて評判をとっていた時でした。
戦後、自由経済が復活して
株式市場が人気をとり戻した頃なので、
相場に全財産を注ぎ込んで
イチかバチかの勝負を賭ける
いわゆる勝負師が英雄扱いを受けたのです。

でもその人たちの時代は長く続きませんでした。
勝負師たちが勝負に勝つためには
相場が下げに入った時期に
大量の売りをかけることのできる環境が必要ですが、
高度成長経済に入ってからの日本では、
調整のために一時、不況におちいっても
その期間はきわめて短く、
すぐにも立ちなおって
また上昇に上昇を続けたからです。
ここは売り時と考えて空売りに出ても、
もっと下がる筈の相場が逆に戻りに転じて、
相場師たちは踏み上げられて
全財産を失わされるような目にあわされました。
「老兵は消え去るのみ」と
一人また一人と消え去ってしまったのです。

あれから約半世紀近くたって
再び選手交替の時期がきました。
前には下げると思って下げに賭けた人々が
大損をしましたが、
今度は万年、
右肩上がりに上がることになれてきた人々が
上げに賭けて勝負に出たので、
折角、高度成長で膨れに膨れ上がった財産を
一挙に失ってしまうような
惨胆たる目にあわされてしまったのです。
借金をして株を買った人々は
値下がりした株を強制的に売らされて
それで決着がついたけれど、
土地や建物に投じた人々は売るに売れずに
歳月ばかりたってしまったので、
地価はそれこそ10分の1にまで下がってしまい、
お金を貸した銀行まで
道連れにする結果になってしまいました。
見ているだけなら面白い話だけれど、
思い当たるフシのある人は
面白いだけではすみませんよネ。    


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