第111回
待つこと倦むこと慣れること
私が友人のレストランを久ぶりに訪れると、
大勢の日本の学生を連れた
大学教授らしい人が食事をしていました。
“この人は見たことがある”と、
やっと気づいたのは帰り際でした。
と、いうのもYさんも年を取りましたが、
ふっくらしていた頬がすっかり痩せこけていたので
気が付きませんでした。
それは向こうも同じことで、そのYさんに私が挨拶しても
「えっ。ほんとに前川ちゃんなの?」
「前川ちゃんといえば、こう胸が厚くて・・・」
と、まじまじと、懐かしそうに私を見つめました。
私は胸なんか厚かったことはないのですが・・・。
Yさんは毎週私達のソフト・ボールを見学しに来て、
たまには一緒にプレイもしましたが、
一人ぼっちの時が多い人でした。
Yさんは大学で体育を研究していて指圧も出来ると聞いたので、
妻に指圧をお願いしたことがあります。
以前、妻が何ヶ月も腰痛に悩まされたことがありました。
私がお願いすると、食事中だった彼はご飯を口に掻きき込みながら
「ま、前川ちゃん。それはね・・・」
と、指圧の仕方を口でほんの2言3言で説明してくれました。
「自分でやってみな。直るから」と、いうことで
半信半疑で帰って妻の背中を押してみました。
するとあら不思議、
その一回で妻の腰痛は
翌日から本当に直ってしまったのでありました。
その彼がコペンハーゲンにいた頃に、
順位優先のデンマーク人とけんかしたそうです。
バス停の時刻表の前に大きな男が陣取って、時刻を調べていました。
Yさんも調べたかったので一緒に見ようとしましたが、
男の人の大きな体が邪魔になって見えません。
場所を譲ってくれそうもないので、
右から覗いたり左から覗いたりしていると、
男は気づいて振り向いて不快そうに言いました。
「俺が見てるんだ!」
それから何故そうなったかは知りませんが、
Yさんはわざわざ「僕は日本人だ!」と言ったんだそうです。
そうしたら「日本人なんか嫌いだよ!」と言われてしまいました。
男の人は多分Yさんが順番を(と自分を)無視した
がさつな態度を怒ったのです。
それなのに何国人とか関係ないことを持ち出したので、
ますます怒らしたのかと思います。
日本人だと言う代わり笑顔でなにか冗談でも言えば、
違う展開になったかと思います。
“冗談を解さないのは獣”という言葉もあるし、
冗談好きのデンマーク人は冗談の返事を返してくれたでしょう。
あるいは堂々と図々しくいく手もありますが、
これは私達には難しいです。
気の短い私達には「待つことに慣れる」ことが必要です。
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