第85回
君も私も皆マフィア
キャビアの外にブーニンがモスクワから運んでくるのは、
ライカとそっくりなカメラとか
ツァイス双眼鏡の軍用のコピーでした。
又ある時は三角形の大変安いう組み立て式の住居の設計図でした。
そんな彼がある日
「いい人と知り合いになった」というので
どんな人かと聞くと、
ロシア人の実業家だそうです。
モスクワは一般に品物が不足していますが、
あるルートを掴んでいればなんでも手に入るといいます。
そのルートを作っている人だそうで、
日本の商社みたいにどんな物でも扱っているといいます。
あの面白い形の組み立て式の家も
その人がヨーロッパで販売してみようとしていたのでした。
丁度その頃、日本のライカの取扱店のT社長が
デンマークに買い付けにやってくることになりました。
東京に行くと色々な情報を教えていただき、
いつもお世話になるばかりだから
今度は何かお役に立たなくてはなりません。
Tさんは銀座でライカの並行輸入をして
正規の輸入業者よりも売り上げが多いのでした。
のちにライカとの話し合いがまとまって、
Tさん自身が正規の輸入業者になります。
それまでは世界中からライカを捜していて、
私の店の客でもあるデンマークの業者からも買っていたのでした。
日本からやって来るとなると、
どこか他に紹介できる店を捜さねばならないと思って、
ブーニンに聞いてみました。
すると例のロシアの実業家なら何でも手に入る、という返事なので
会って見ることにしました。
ブーニンの通訳で銀髪の立派な紳士と会合しました。
私が「本物のライカが欲しいのです」と言うと
紳士は「ダー(OK)」とだけ言って私に肯きました。
あとは「Tさんが来るまでにライカの値段を調べておく」と
ブーニンに言ったそうです。
さてブーニンと私を通訳にして、
Tさんと連れの人とロシアの実業家の具体的な商談になりました。
ところがこの時に及んで、
ロシア人は私に対したのと同じように
「ダー、ダー、大丈夫。値段は調べておく」と言うだけでした。
何もかも一応「ダー」と言っておくだけのようで、
信用できません。
結局私は何とかしようとして、
無駄な時間を取らせて怪しげな人を紹介して、
かえってTさんには悪いことをしました。
サッチャー元首相は「自由主義経済」という言葉を
ゴルバチョフが「マフィア」と同義語にとるから気を付けないと、
と言いました。
今考えると、ロシアの実業家は本人もTさんも、
まるで「マフィアの同類だ」と見なして対応していたみたいです。
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