前川正博さんはこうして
福祉の国で、国にたよらずに根をおろしました

第65回
ヒロはQさんを知ってるかい?

チュンはある日、カンボジアの雑誌を持って来て、
写真の載っているページを指して自慢しました。
「ヒロは知らないだろうけど、この人は中国のお金持ちなんだ」
印刷の悪いその写真をよく見ると何とQさんです。
嬉しくなって今度は私が手を一杯に広げて自慢しました。
「この人の本ならこれぐらい読んでるんだぞ」
これではまるで子供同士の自慢ですが、
カンボジアの人達もQさんを知っていたのでした。

その頃甥のソピアの両親の仕事が減って
「デンマークと関係した仕事はないか」
と、チュンに問い合わせているのを知りました。
それで、チュンも何かデンマークに輸出できる物はないか
捜すように頼まれていました。
でも何も思いつきませんでした。
私は少し店に余裕ができたので、
何かカンボジアで出来るビジネスはないかと
考えるようになりました。
どうせ写真の仕事の寿命も多分そう長くはないのです。
私達はお金をそんなに使わないので、
老後もずっとできて趣味を兼ねた仕事であれば
それだけで申し分ないです。
信用できる知り合いが現地にいれば可能かもしれないし、
メチャクチャになった国の助けにもなります。
ソピアの両親となら
仕事を一緒にやれるかも知れないと思いました。

違った国に少し住んでみるのも面白そうです。

―思想的な問題も、平均年収3千ドルでかたづく。
―貧しくても資源が無くても植民地など持たなくても
 豊かになれることを、日本は世界に示す結果となった。
 こういう楽観的な明るい言葉は、
 見えない未来の地平線の向こうを明るく照らします。
―貧しいから主義や宗教が幅を利かす国が存在するにすぎない。

と、いう仮説は明るいです。

壊滅状態だった産業でしたが、
今はTシャツ工場などのテキスタイル工場が
タイなどから進出してきているそうです。
お土産のTシャツはある程度売れていますが、
見るとデザインはひどいので
もっと売れる物にすることはできそうです。
しかしコネの社会なので、
その分野の知り合いが無くては無理だと言います。
そういう話しを聞いて、私は何ができるかできないか、
とにかく一度その視察をしたくなりました。
そこで、アンコール・ワット観光と、
クメール・ルージュの残した傷跡の見学を兼ねて
行ってみることにしました。


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2004年10月15日(金)

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