第56回
みんなみんな優しかったよ
私達は結婚した当初は、
ロック・バンドのギタリストの家の二階に
月に6千円で二部屋を借りて住んでいました。
妻はデンマークに来て二ヶ月目に飛込みで仕事を捜しました。
私が「デンマークではそうやって仕事をみつけるのだ」と
日本で読んできた体験記の受け売りをしたのです。
妻は最初は尻込みしましたが、
とにかく近くの町の老人ホームに行ってみました。
デンマーク語も喋れない若い東洋人がキッチンにやってきて
「何か私に出来る仕事はないですか?」と尋ねると、
そこにいた人たちはビックリしました。
そして同情してくれたのか、すぐその場で採用になりました。
その頃は仕事が見つかれば労働許可がもらえて、
滞在許可証も自動的にもらえるのでした。
老人ホームでは伝統的なデンマーク料理のほとんどを味わいました。
作った料理は働いている人達も食べるのです。
ビックリしたのは何でも美味しいところをとっておいて、
働いている人達がお昼に食べるのです。
後でレストランで働いている人に聞いたら、
レストランでも肉なんか一番良いところを
コックが切り分けて料理してくれたそうです。
老人ホームではしばしば昼時になると
「皆でオムレツ食べるよ」と言われました。
でも後で思い出すと
そこのキッチンでオムレツを食べたことがないのです。
「オムレツ」と聞こえたのは「もうじき」という意味でした。
「皆でもうじき食事だよ」ということだったのです。
他にもそんな勘違いがきっとたくさん有ったのでしょうね。
雑用係のおじさんも一緒にお昼を食べました。
おかしかったのは、パクパク食べるので
「おいしいかい?」と誰かが聞くと
表情を変えずに「美味しくない!」と答える事です。
そしていつでも誰よりもいっぱい食べるのです。
施設ではお昼にだけ暖かい食事を出します。
夕食はいつもの黒パンのオープン・サンドイッチです。
作り置きできるので早い日はお昼過ぎには帰れます。
キッチンは全体がステンレスでできていて、いつもピカピカです。
肉を洗う流しと野菜を洗う流しは別々です。
土に付着したばい菌が肉で繁殖しないようにです。
とても清潔なキッチンでした。みんなみんな親切でした。
そこの仕事は珍しくて、面白くて、美味しくて、楽しかったので
一年程働きましたが、長期の旅行に行く時に辞めました。
仕事は短期間だけ働いて、お金が貯まったら旅行に行くのが
その頃の若者のパターンでした。
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