第4回
霊験あらたかな湯
一般的には、旅館の男性経営者のことを「ご主人」と呼び、
その奥さんや女性経営者のことは「女将さん」と呼びます。
この十数年間で何百という温泉宿を訪ねましたが、
ほとんどの宿は、この呼称で会話は成立しました。
たった一軒の宿を除いては・・・。
群馬県北部にあるN温泉の一軒宿では、
女主人のことを「教祖さま」と呼んでいました。
さる宗教法人の経営ということですが、
昭和30年代に先代が、お釈迦さまからお告げをうけて
温泉宿を開いたといいます。
「小暮さん、今度N温泉へ行くことあったら、
あの看板をどうにかしてくれるように言ってもらえませんかね」と、
温泉を管轄する県の薬務課職員に言われたことがありました。
確かに薬事法に抵触する恐れのある看板が、街道筋に立っています。
“末期がんが消えた!”
ワラにもすがる思いの人たちにとっては、
曙光が差したような衝撃的な言葉です。
でも実際に宿を訪ねると、
温泉の効能に対する礼状が山のように届いていました。
糖尿病、便秘、高血圧、花粉症、
アトピー性皮膚炎、気管支ぜんそく・・・
なかには難病や奇病にも効果があったという、
感謝の便りがいくつもありました。
たびたび新聞にも取り上げられているようで、
「現代の奇跡」「医者も驚愕」の文字が紙面に躍っています。
事実、源泉にはゲルマニウムの含有量が多く、
原爆症や白血病などの難病に効果を上げていることが
医者により実証されたために、
湯治目的の滞在者が増えた温泉であります。
そして、その湯の浴感は、実に不思議なものでした。
ピリッピリッと一瞬、肌を何かが刺したかと思うと、
スーッと湯が体の中に入り込んで来るのが分かりました。
同時に、強い浮力が私の体を持ち上げようとしたのです。
フワリ、フワリと両腕が、勝手に湯の中を漂っています。
こんな経験は、初めてでした。
あれは、何だったのでしょうか?
昔から温泉を表現する言葉に、
「霊験あらたか」という言葉があります。
現代のように、容易に温泉を掘り当てる技術などなかった時代。
地球が沸かしてくれた温泉は、
まさに万病を治してくれる
霊験あらたかな“魔法の湯”であったことでしょう。
県の職員のいうことは正しいのですが、
私はN温泉を訪ねて、
現代に生き残った真の湯治場の姿を見た思いがしたのでした。
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