相模原の土地の後日談
もう十年以上も前のことであるが、あるとき、上場企業の一社から依頼されて、相模原にあるその会社の工場に講演に行ったことがあった。講演のはじまる前、社長室の窓から相模原の風景を眺めながら、私がその昔、買おうとした相模原の土地はこのへんに違いないと思いながら、
「このあたりの土地はいま一坪いくらくらいしますか」
ときいた。工場長は、
「そうですね。十万円くらいでしょう」
と答えた。
その答えをききながら、もしあのとき、相模原で一万坪の土地を買ってアメリカ人向けの住宅開発をやっていたら、自分はどうなっただろうかと想像してみた。一万坪の地所を三百万円で買ったとしたら単純計算をしても、今は地価だけで十億円にはなっている。しかし、実際に家を建てて貸してみて引き合うことがわかったら、恐らく私は十倍にも二十倍にも事業を拡大していることだろう。そうしたら、恐らくミリオネアではなくて、ビリオネアになっていたことだろう。
しかし、たいした苦労もしないで、そんなにやすやすとお金が儲かっていたら、恐らく私は汗を流さないでお金の儲かることばかり考えるようになるから、きっと今頃はパチンコ屋のオヤジになっていることだろう。
当然のことながら、私は小説家や経済評論家にもなっておらず、したがって今日、この講演会場に講師として迎えられることにもなっていなかったはずである。
「センセイ。お時間ですよ」
と呼びかけられて、私はやっと我にかえった。現実の世界に引き戻されても、またビリオネアになりそこなったからといっても、何も後悔するにはあたらないと私は思った。人間がどこかで曲がり角にさしかかって、そのとき選んだ道によって違う方向に向かってドンドン進んで行くのはやむを得ないことなのである。
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