服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第927回
リッチマンととうふ

豆腐はお好きですか。
人の好みもさまざまですが、
豆腐が嫌いというのは
珍しいのではないでしょうか。
江戸期の随筆にこんなのがあります。

「わが形四角四面にして、威儀を正しく生まれ、
 和にして人のまじめにきらわれず・・・」

なるほど、たしかにその通りですね。
姿かたちがきちんと整っているし、
どんな食材にも、どんな料理にも合わせられる。
『豆腐百珍』の書があることは
ご存じの通りでしょう。

豆腐はそれほど手間をかけず、
美味しく食べられる。
消化もよく栄養豊富、
しかもけっして高価なものではない。
言葉遊びのひとつとして時に
「豆富」とも書くのですから、
これは豆富を食べていれば富豪になれる、
という意味なのでしょうか。
あるいはまた「十富(とうふ)」とも遊べますね。
富が十倍になるのですから、
こんなにいいことはありません。

しかしまあ、これからはなんといっても、湯豆腐。
その食べ方、味わい、簡素にして深遠であります。

最近、私が凝っておりますのが、「あけがらし」。
一種の万能みそです。
山形の山一醤油
(TEL:0238-88-2068)で作っている
「あけがらし」。
なんでも江戸時代からつくり続けている
秘味なのだそうです。
別名、「仕込からしこうじ」。
私なりに理解しますと、
みそからしょうゆへと移る過程の
副産物ではないでしょうか。
つまりこうじはまだ生きているわけです。
そこにさまざまな薬味をつけ込んである。
ひとさじ口に含むと、
みそであり、しょうゆであり、
遠くのほうから唐辛子のささやきが聞えてくる。
なんとも風流なみそであります。

湯豆腐に「あけがらし」を添えて食べる。
これは美味い。
もう他にはなにも要らない、
という気持になってきます。
もちろんそのままで酒の肴にもなれば、
野菜や山菜の風味を深めるためにも使えるでしょう。
気分は仙人にしてリッチマンという
不思議な薬味であります。


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