第892回
古くて新しいアブサンの香り
アブサンを知っていますか。
アブサンほど有名でありながら、
実際に飲んだ人が少ない酒も
珍しいのではないでしょうか。
アブサンがフランス産の、
リキュールの一種であることは
言うまでもありません。
ただしアルコール度数は50数度と、かなり高い。
ところで、どうしてそんなにも有名なのか。
19世紀末から20世紀のはじめにかけて、
フランスをはじめとするヨーロッパの都市で
大流行となったからです。
そしてまた、なぜ実際に飲んだ人が少ないのか。
それは1910年代に入ってから、
製造禁止になったからです。
文字通りの幻の酒であったわけです。
ところが今年の春頃から
アブサンの製造が解禁になったらしい。
そもそも禁止された理由は、
大量に常用すると
幻覚症状があらわれる場合があったから、
と伝えられています。
つまりそれほどの流行ぶりであったわけです。
パリ、ベル・エポック期を代表する画家、
ロオトレックもまるで
水代わりにアブサンを飲んだと伝えられています。
“アブサン”absinthe は
もともと「ニガヨモギ」のことで、
その薬効部分を抽出した酒。
なにごとも過ぎたるは及ばざるごとし
ということでしょう。
ただし今回の解禁は、
幻覚の原因となるスノンという成分を
低く抑えることが条件となっているとのこと。
厳密に言えば、
昔のアブサンと今のアブサンは
微妙に異なっているわけです。
それはともかく、
現在アブサンは入手可能であります。
色は淡い黄緑色で、
蓋を開けると独特の薬草の香りがします。
味はやや甘口。
ベル・エポック期には角砂糖ごしに冷水を注いで、
一種の水割りとして飲んだのだそうです。
やや大きなグラスに氷をたくさん入れて、
その上から少量のアブサンを注ぐ。
で、氷を溶かしながらゆっくりと飲むのが、私は好きです。
ペルノーやパスティスとよく似ています。
というよりもそれらはアブサンの代用として
人気を得た酒なのです。
暑い時期の食前酒としては、
これほどおしゃれな飲物も他にないと思いますよ。
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