服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第237回
きのうの小さな事件

東急ハンズという店があるのをご存じですか。
本店は渋谷で、各地に支店があると思います。
ちょっと言えば大人のおもちゃ屋で、
ゆっくり見ていると、
あっという間に半日が過ぎてしまいます。

きのう私、渋谷の東急ハンズへ行ったのです。
ちょっとした工具が買いたくて、
東急ハンズに行けばあるだろう、と思ったからです。
午後3時半頃、店に入り
工具の売場はどこだろうと探したけれど分らない。
うろうろしている私の背中で、
「もしもし」と声がする。
まさか私のことではあるまい。
けれどもその声はさらに続いて、
「失礼ですが・・・」と言う。

右手に鞄。左手に買物袋で、内心
「こんなところで知人に会いたくないなあ」と思いつつ、
声のするほうを振り返ってみると、
初老の紳士が立っている。
もちろん見ず知らずの人である。
頭は白髪で、白いスーツに白いシャツ、白い靴。
そのすべてを気楽に身にまとっている。
もし私が探偵かなにかなら、
芸能プロダクションの会長だと推理したかも知れません。

けれども怪しい人物ではなさそう。
巷でよくあるというスカウトでもなさそう(当り前だ)。
それで私は「なにか?・・・」と問うてみた。
と、その初老の紳士は開口一番
「ステキな帽子ですねぇ」と言う。
こういう時にはあいさつに困る。
「はあ・・・」と言うより仕方がない。

彼はさらに続けて、
「私もそんな帽子が欲しいのですが、
どちらでお買いになったんでしょうか?」と言う。

たしかに私は帽子を被っている。
まあ、悪くはない帽子で、
彼が欲しいと思ったのもウソではないでしょう。
そこで立話ながら、私ながら丁寧に教えてあげたのです。
「これは銀座のトラヤ帽子店で買ったのですよ」と。

町を歩いていて、私も人の服や持ち物が気になることがあります。
でも知らない人になかなか声がかけられない。
今度は聞いてみようかな、
と思った小さな事件だったのです。


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2003年5月18日(日)

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