第120回
ワインと「知り合う」ということ
あるイタリア料理店で
お勧めのワインを訊ねたとき、
リストの中ではかなりリーズナブルな、
無名のテーブルワインを挙げたソムリエがいます。
なぜお勧めなのかを尋ねると
「僕の修業先、思い出の土地のワインなんです」
と答えました。
もちろん「もしよかったら」というスタンスでしたが
客には何の関係もない、彼の思い出のワイン。
でも私は
そういうお勧めがとても好きです。
その1本から
土地のこと、造り手のこと、土着の葡萄品種のこと、
そして修業先の人々のことなどへ
話がどんどん広がって
それがまた、ワインや料理をおいしくしてくれる。
葡萄の名前は忘れても
その時間は、くっきりと記憶に刻まれます。
一方、別の店でワインリストを広げたときは、
有名銘柄の高額ワインばかりが並んでいました。
やはり不評だったとかで、今は書き換えたそうですが
そのソムリエは
畑はもちろん、一軒のカンティーナ(ワイナリー)にも
訪れた経験がないのだとか。
行きたいんですけどね、と言う彼が
もし本当に畑に立ち、造り手と逢い、
彼にとって特別なワインと出合える日がきたら
その時から本当に、
彼のリストが作られていくのだと思いますが
それは
はじめの一歩にすぎません。
今、イタリアには
多くのソムリエ志望者が留学しています。
イタリアの国家が認定しているソムリエ資格は
イタリアソムリエ協会(AIS)が実施する
試験に合格することです。
プロフェッショニスタ(プロフェッショナル)の場合
半年間に渡って3段階のステップがあり
もちろんイタリア語で授業を受けなければならず
大変ですが、でも
受験する日本人は多いようです。
彼らはたいてい
よく飲み、よくカンティーナや畑に足を運び
よく勉強しています。
でも、ワインを学ぶということは
ただ片っ端から飲めばいいということでも
カンティーナに数多く行けばいいわけでもないでしょうし
かといって
知識の広い方が勝ち、という訳では絶対にない。
ある日本人の若者が
ワインの名産地にあるリストランテの
生まれも育ちも地元というイタリア人ソムリエから
こう教わったそうです。
「ワインは勉強するものでなく、
ワインと知り合うということが大事なんだ」
知るのでなく、人と人とが理解し合うように
「知り合う」ということを
ワインのプロは考えてみて欲しい。
一つひとつのワインと
きちんと知り合ったソムリエを通して
私たちもまた、日本で
1本のワインと知り合うことができるのです。
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