至福の一皿を求めて おいしさの裏側にある話

第59回
蔵元訪問・刈穂2 杜氏という仕事

秋田市の酒屋で私が買った
『刈穂 山廃純米 生原酒 番外品』は
今年の山廃の中でも規格外に辛口に仕上がった1本。
うすにごりで、米の旨みをたっぷりと含みながら
キリリと一本筋が通っている。
造った人にも似た、
静かな風格を感じさせるお酒でした。

『刈穂』の山廃は、独特な味わいといわれます。
まったりしているのに後口すっきり。
斎藤杜氏自身は、こう説明してくれました。

「刈穂はもともと、吟醸蔵として知られていますが
本来、吟醸と山廃は相反するものだと
私は思っているんですよ。
吟醸は雑味がなくすっきり。ところが山廃は
良い意味でこってりとした濃醇なお酒で、香りも独特です。
『刈穂』の基本は吟醸なので、
その綺麗さが山廃にもいくんです。
『刈穂』の山廃は山廃らしくないといわれるんですが、
それが『刈穂』の山廃の特長だと、
ま、私は勝手に解釈してるんですけどね」
そして、
「辛さを辛さと感じさせない旨み」
これがなければいけないともつけ加えました。

吟醸は、初代の杜氏から『刈穂』がずっと
こだわってきたお酒です。
その結果が表れるのは、毎年4月に広島で行われる
全国新酒鑑評会(酒類総合研究所主催)。
ここで金賞を獲るために、たいていの酒蔵では
出品用のお酒を商品用とは別のタンクで仕込むそうですが
刈穂酒造でもまた
白い布で仕切られた一角にそれがありました。
素人の浅はかさで、
「そのコンクールはそれほど大事なんですか?」
と訊ねると、斎藤杜氏は
「もちろん賞がすべてではないし、
すべての酒に手を抜いたらダメです」
と前置きしながらも、こう答えました。
「鑑評会は、蔵の名をかけた杜氏の戦いです」
穏やかだけれど、熱い声です。

斎藤杜氏は昔も今も農家で、
暖かい時期は田や畑に立ち、冬になると蔵に入ります。
昭和46年、最初は別の蔵の
外若勢(そとわかぜ。酒造りの仕込みに関係ない仕事をする人)
からスタートしました。
その後刈穂酒造で、雑夫(ざっぷ)、洗米、槽頭(せんどう)
を務め、山内杜氏、南部杜氏から指導を受け
三役(麹屋・もと屋・醪)、頭(かしら)をはじめ全部の
ポジションを経験して、平成2年から杜氏に就任。
もう30数年酒造りをやっています。

杜氏になる前、先代の社長から
「酒造りは人づくり」だと言われたそうです。
その時は、
酒を造る人をいかに育てるのか
ということだと思っていたけれど、
今ではこう考えるようになったとか。
「心がなければいいものはできない。
酒造りは、自分も磨き上げて、自分自身をつくっていくこと」

刈穂酒造の一年が書かれた本があります。
サインしてくださいと差し出すと
斎藤杜氏は筆ペンで、大きな字で書いてくれました。
「櫂でとかすな 麹でとかせ 信の一字で 千の味」
達筆です。


■『刈穂』HP(秋田清酒HP内)
http://www.igeta.jp


斎藤泰幸杜氏


仕込み(出品用)

 


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2004年3月11日(木)

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