至福の一皿を求めて おいしさの裏側にある話

第58回
蔵元訪問・刈穂1 酒屋唄の響き

前夜、秋田市の居酒屋『酒盃』で
「刈穂の新酒を楽しむ会」がありました。
プロアマ含めて30〜40人あまりの強者たちが
『刈穂』の原酒、純米山廃、吟醸、大吟醸など
搾りたての新酒をグイグイ飲る会です。

そこで生まれて初めて、酒屋唄なるものを聴きました。
蔵人が、かつて重労働である仕込みの過程で唄った
作業唄だそうで、
米研ぎ唄、仕込み唄、もと(酉編に元)すり唄など
いろいろな唄があるそうです。
雪の夜に遠く響きわたる美声の主は
刈穂酒造の杜氏、斎藤泰幸さん。
手拍子を打つ、そのゆったりとしたテンポから
私は、昔の蔵人が仕事をするリズムや
ピンと張りつめた
冷たい蔵の空気を想像していました。

翌日、刈穂の酒蔵を訪れたとき
あらためてお会いした斎藤杜氏は、とても穏やかで
あのハリのある声の主とは別人のような
静かな印象の方。
日本酒のいろはのいも知らない訪問者の
びっくりするような質問にも
フフフと笑いながらノートに漢字を書き、言葉を選んで
根気強く説明してくれます。

刈穂酒造は、仙北平野に流れる
雄物川とその支流である玉川の合流地、
神岡町神宮寺にあります。
この蔵の仕込み水は、水は硬度3.5の中硬水。
軟水の多い秋田では珍しく、
それが刈穂のキリリとした味わいの秘密であり、同時に
発酵力の強い、山廃に適した水なのだとか。

山廃とは、山卸廃止(やまおろしはいし)もとの略称。
文字通り酒造りのに母となる酒母は、「もと」とも呼ばれ、
麹・水・蒸し米・酵母を発酵させたもので、
その過程で酒母をすりつぶす作業のことを
山卸(やまおろし)、またはもとすりといいます。
蔵人が手作業で溶解させるわけですが、これを廃止して
長期にわたってじっくり
自然に乳酸を生み出させたものが山廃。

『刈穂』の場合、山廃の酒母づくりは35日もかかるそう。
さらに乳酸菌が出て内容が整うまで(22〜23日間)は
野生酵母や雑菌に冒されないよう
低温の酒母室で寝かせ
健康優良に育ったら別の酒母室に移すという
非常に神経を使う作業を経ています。

酒母室の入り口には、しめ縄と榊が供えてありました。
昔、乳酸菌を添加して醸造を早めた「速醸」用と山廃用を
同じ酒母室で仕込んでいたときは
山廃用のタンクを白い布で覆い、しめ縄で巻き、
まさに祈りながら毎日見守っていたそうです。
厳粛ですね……。
私が神妙に言うと、斎藤杜氏は
「まあね」
と、淡々とした笑みでかわすのでした。


厳寒の蔵


酒蔵の各部屋に神棚が

 


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2004年3月10日(水)

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