| 第39回蔵元に思いを馳せる『須弥山』
 
 『須弥山(しゅみせん)』という居酒屋があります。
 吉祥寺をシマにしている友達が
 日本酒好きの私のために
 連れて行ってくれたのは数年前。
 田舎の民家風の店内では
 作務衣姿の若い店員たちが、威勢良く
 働いていました。
 メニューを開くと、なるほど有名無名の蔵元のさまざまな日本酒が揃っています。
 私たちは、ひときわ元気な丸坊主の店員に好みを伝え
 お勧めを聞きました。
 と、お酒の担当は彼でないらしく
 「少々お待ちください」と言って姿を消し
 戻って2、3の銘柄を伝えてくれます。
 さらに、それはどんなお酒ですかと尋ねました。すると今度は流暢に
 そのお酒の特徴を話し始めたのですが
 びっくりしたのは、
 お酒の味わいや蔵元の説明だけでなく、
 蔵元のある場所、道順までも一気に語り始めたこと。
 「この蔵は○○県の××という所にあって、
 国道何号線を上って道なりに真っ直ぐ走り、
 3つ目の信号を右折して5、6分行った所。
 駅なら○○、タクシーで××円くらいです」
 という具合なのです。
 しかもそれがものすごくテンポがよくて、
 一心不乱(笑)。
 あんまり可笑しかったので「本当にその道順、合ってるんですか」
 と連れが茶化すと、彼は再び消え、
 今度は付箋だらけの道路地図を持って現れました。
 なんと、ぴったり合ってるんですよ、これが。
 私たち一同、おおーっと声を上げ一転して尊敬のまなざしで彼を見上げました。
 「全部行ったんですか、すごいなぁ」
 すると今度は
 「いや、行ったのは店長で僕は行ってないんです。
 いつも地図見て、行きたいなぁって(笑)」
 というオチが。どうやら彼は新人だったらしい。
 でも、行ったことのない場所を
 これだけ暗記できる方がすごいかも
 と変な感心をした私たちは、その晩かなり盛り上がりました。
 店が一段落した頃「本当に行っている」米納店長が登場して
 お勧めのお酒や蔵元について、さらにじっくり
 熱く語ってくれました。
 やはり道順から(笑)。
 この店の伝統芸だろうかと思いながら
 しかし
 「今年のこの蔵は」「杜氏は」「酒の出来は」と、
 さっきの彼とはまた違ったテンションの
 愛情と情熱と、真剣勝負な響きが
 その人の言葉にはありました。
 私たちは、その言葉からまだ見ぬ山や、その麓の酒蔵や、
 仕込み水の湧く土地に思いを馳せる。
 タクシーに乗って信号を曲がって
 杜氏や蔵人の人に出逢った気分になれる。
 ここでは、そういうお酒の愉しみ方ができるのです。
 ■須弥山(しゅみせん)
 東京都武蔵野市吉祥寺南町1-1-9 FSビル3F TEL 0422-48-5048
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