死ぬまで現役

老人を”初体験”する為の心構え




第95回
ペースダウンで長続きさせる

「四十歳すぎたら、男は自分の顔に責任がある」というが、
男でも女でも自分が心の中で思っていることが
長い問に表情に現われてくる。
ごまかしてやろう、あいつの物をとってやろう、と考えていると、
目つきやシワの線にまでそれが出てくるし、
いつも貧乏をして債鬼に追われていると、
生活の疲れが顔つきにドッと出てくる。

だから年寄りとして美しい顔を保つのは
容易ならざることといわざるを得ないのである。
年をとれば、 ハゲやシワは
だんだん気にならなくなるというが、
もちろんそれは程度の問題である。

それ以上に頭や身体の機能の衰えが気になりはじめる。
メ、ハ、何とか、というのも、もちろん、その通りであるが、
記憶力に対する自信が失われてくると、
テレビのクイズ番組にはまず出られなくなる。
クイズ番組に中年以上の人が出ていないのは、
記憶力の流れが突然、
途絶えてはまたつながるようなことが起こるからに違いない。

若い時には想像もできなかったことだが、
現実にそれが起こってみると、
記憶力の衰えを判断力でカバーするとか、
的確な言葉を咄嗟に思い出せない場合は、
別の表現でカバーするテクニックを身につけなければならなくなる。
もしそれを怠っていると、
それこそホンモノの年寄りになってしまう。
そうならないようにしようと思えば、
年をとってから生ずる欠点をカバーする工夫と、
ペースを少しずつおとしたスケジュールに組みかえる必要がある。

たとえば、私は四十代も五十代も、
六十代になってからも、
仕事のペースを少しもおとさないで生きてきた。
しかし、六十五歳になると、
食欲も昔ほどではなくなってきたし、
歩くスピードに衰えの自覚はないが、平衡感覚がくずれてきた。
何よりもこんなにたくさんの原稿に追われると
頭の中が空っぽになってしまう。
売るアルコールがないのに、注文をとると
水でも混ぜて売るよりほかなくなってくる。
そうした焦りを持つようになったのだから、
やはり売る量を減らすことが
仕事を長続きさせるためには必要であろう。

ペースはおとすけれども、もちろん、
生活のリズムは変えない。
たとえば、あわただしい世界旅行から
時差に悩まされることの少ないスケジュールに変えるが、
世界旅行そのものをやめてしまうわけではない。
また仕事という仕事をやめて盆栽をいじったり、
ゴルフにだけ行くわけではないが、
仕事のペースは少しおとす。
五官の機能の衰えた分を、想像力や心眼でカバーする。
座頭市じゃないが、目が見えなくなれば、
空気の動きで敵の動きを察することもできるのである。

自分にもきっとそれができるのではないかと
私はひそかに期待している。
これから先、もつと年をとったらどうなるのかは
まだ手さぐりだが、欠点をカバーしながら、
だましだまし身体のパーツを使うことによって、
いくらかでも長持ちさせることができる。
それがいよいよできなくなった時は
この世におさらばするよりほかないが、
まだ使えるパーツを使わないと、
使えるパーツも使えなくなってしまう。
自動車のエンジンと同じように、
毎日、一度は 動かしてみないと錆ついてしまう。





←前回記事へ

2015年6月29日(月)

次回記事へ→
中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」

ホーム
最新記事へ