死ぬまで現役

老人を”初体験”する為の心構え




第47
海外旅行は実社会にふれる好機

まあ、それほど「大金持ち」と
「ドラ息子」といった対照的な存在でなくとも、
中金持ちでも、小金持ちでも、
人間はお金儲けにうつつを抜かすようになると、
だんだん世情にうとくなる。
たとえば、銀行の支店長をやっているとか、
通産省や大蔵省の局長や課長をやっている人が
市場に行っておかずを買ったり、
デパートに行って家庭用品売場や婦人用品売場で
買物をするだろうか。

自分のお役目とかかわりのある範囲で、
GNPがいくらだとか、貿易収支がどのくらいだとか、
為替相場が上がった、下がったとか、
いったことには精通しているかもしれないが、
自分で八百屋や肉屋で買物をすることはまずないし、
スーパーやデパートにも滅多に顔を出さない。
とすれば、だんだん世情にうとくなることはまず免れない。

事業をやっている人でも、似たり寄ったりで、
地位が上がるにつれて、もしくは、事業が大きくなるにつれて、
買物をするチャンスがなくなり、
洋服を仕立てるのだってこれときめた洋服屋が
向こうからやってくるし、
会社の記念品一つきめるのも、
秘書室長があらかじめ探してきたものを
社長が最終決定だけをする。
こうなると、物をつくって売る商売の社長でも、
自分の会社の製品のコストがどうなっているのか
わからなくなってしまう。
飲み屋の勘定とか、
人に贈るプレゼントの値段くらいはわかっても、
世間の動きや人情の移り変わりに対して、
完全にわからない立場におかれてしまう。

こうした立場の人々にとって
海外旅行は実社会にじかに接触するいいチャンスである。
外国へ行けば、あなたが日本の国でどんな社会的地位の人か、
どのくらいお金を持った人か、誰も知らない。
身なりや風貌を見て、どの程度の人間か、
ある程度の類推はするかもしれないが、
あなたがお金を使ってみて、
はじめてあなたがどのくらいの負担に耐える人であるか、
理解してくれる。
たとえあなたがどんな大金持ちであろうと、
安いホテルに泊れば、お金のない人と同じだし、
物を何も買ってくれなければ、
タダの貧乏人と何ら変わるところはないのである。

しかし、旅に出れば、ふだん財布の紐のかたい人でも、
旅の思い出に何か買いたくなる。
そういう観光客を狙って、
どこの観光地へ行ってもおみやげ屋がある。
おみやげ屋はたいてい、旅行社とタイアップしているので、
観光コースの途中でおみやげ屋にバスを停めて、
無理矢理、下車させられる。

おみやげ屋には土地の特産品が陳列されている。
値段を見ると、同じ町のふつうの店に並んでいる商品より
高い値がついている。
おみやげ屋はお客を連れてきてくれた旅行社に
リベートを払わなければならないからである。
旅行社のほうでも、おみやげ屋のリベートは、
予算の中に入っている。
そのために嫌がる旅行者を
一日に三回もおみやげ屋に連れていったりする。

その割には旅行者でおみやげ屋で物を買う人は少なくなっている。
とくに何回も来るようになると、
だんだん土地の事情に明るくなって、
おみやげ屋からは足が遠のく。
というのも、おみやげ屋は、
売っている物の値づけが高いだけでなく、
観光客がどんな物を欲しがっているかについて
研究心が足りないからである。
たとえば、台湾に行くと、おみやげ屋では、
木彫の虎とか、大理石の花瓶とか、
蝶々のネクタイなどを売っている。
台湾のエ業が発達して、繊維製品や雑貨で外貨を稼ぎ、
大幅黒字になっているというのに、
そういう物は台湾の特産品とは考えられず、
虎の置物や龍の掛け軸や大理石の花瓶を
十年一日の如く並べて売る。
ミラ・ショーンやヴァレンチノのネクタイを締めなれた人が
どうやって蝶々の羽でつくったネクタイを買ったりするだろうか。





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2015年3月9日(月)

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