第22回
突然やってくる厄年の怪
人間、いつかは年をとる。
その時に備えて、いろんな準備をする。
若い時は、身体も丈夫だし、元気一ぱいだから、
年寄りをみると、「年をとっているなあ」
「くどくどとうるさいなあ」「年はとりたくないものだなあ」
と思うことはあっても、
自分がいつかは必ずあのようになるのだとは思い及ばない。
二十代はまだ子供のほうに近いし、
三十代は仕事を覚えたてだし、
年をとるということに対して、ほとんど実感がない。
ところが、四十の坂を越えた途端に、
いわゆる男の厄年がやってくる。
男の厄年は昔から数えの四十二歳ということになっているが、
前厄とか、後厄とかいって、四十一歳で厄に入る人もあれば、
四十三歳になってから入る人もある。
いまの満年齢で勘定すれば、
大体四十歳から四十二歳までの間といってよいだろう。
厄年といっても、自分で厄年に遭遇してみなければ、
実感は湧いてこない。
私は早生まれの上に、七年制高校だったから、
同級生の中でも、一番年が若かった。
ある時、東海道線の特急の中で、
高校時代の友人とばったり顔を合わせた。
友人はすぐに、「昨年からずっと厄でね、先行き、
すっかり弱気になっちゃって、一時はどうなるかと思ったよ。
でもね、一年たつと、ある日、突然、カサブタがおちるように、
ころりと忘れてしまって、もう何ともなくなってしまったよ。
君はまだかい?」
「うん。別にいまのところ、どうということもないけどなあ」
「そのうちになるよ。でも心配することはない。
ケロリと忘れてしまう時がくるから」
その時は、本当に相手が何をいっているのか、
さっぱりのみこめなかった。
ところが、それから一年もしないうちに、
突如として精神に異常をきたし、
何をやるのも嫌になって仕事をする気がしなくなったし、
家族と一緒に今までのような
生活を続ける気もなくなってしまった。
この時のことについては、前にも書いたことがあるが、
すっかりやる気をなくした私が旅行に出かけようとすると、
家内が私の机の上に置手紙をしてあった。
ひらいて見ると、
「気が晴れるまで、どこにでも好きなところへ行って、
好きなようにしていらっしゃい。
このお金は私からのささやかなプレゼントです」
と、三十万円のお金が同封してあった。
ジーンとくるものがあったが、だからといって、
私の厚い雲に覆われた気分が晴れたわけではなかった。
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