死ぬまで現役

老人を”初体験”する為の心構え




第2回
延びる寿命、延ばす定年

サラリーマンには定年がある。
定年は会社や役所や団体によってそれぞれ規定があり、
五十五歳のところもあれば、五十八歳のところもあれば、
六十歳のところもある。
これらの規定は、会社側が一方的にきめるものではなく、
労働組合と協議の上できめられるものであるが、
どちらかといえば、会社の都合を反映したものであろう。

働く側からいえば、平均寿命もうんと延びたし、
慣れた職場を離れたら、身体もなまるし、
ボケる心配があるから、できることならもっと働きたい。
しかし、人を使う側にしてみれば、
人間は一定の年齢をすぎると、
身体も頭も衰える一方だから、
どうしても効率は下がってくる。

また年功序列給が給与体系のベースになっていて、
年寄りのサラリーのほうが若い者より高いのが普通だから、
年寄りがいつまでも頑張っていると、
人件費ばかりかかって効率はますます悪くなる。
それに年寄りがいつまでも頑張っていると、
上がつかえて職場の空気が沈滞してしまう。
職場の中は風通しがよく、
若い者がやる気を起こすようでなければならないから、
一定の年齢になると、お年寄りにはご遠慮を願う、
ということになってしまうのである。

こうした会社側の要求はご無理ごもっともであるが、
働く側の希望も少しはきいていただかないと困る。
人生五十年といわれたのが、
いつのまにか人生八十年になってしまった。
八十年をどういう具合に分類するかは、
いろいろなやり方が可能だが、
仮に四つに区切って、二十、四十、六十、八十と分けると、
二十歳までは成長期で親がかりの時期、
二十歳から六十歳までの四十年間が社会人として働く時期、
それを前半と後半に二分すると、
四十歳までが社会人としての修行を積む時期、
四十歳から六十歳までが社会人としての収穫期、
そして、六十歳から以後が
定年後の余生を送る時期ということになる。

人生五十年といわれた時代には定年は五十五歳ときまっていた。
平均寿命五十年といっても、
それは幼児死亡や若死も含めた数字であるから、
五十歳の坂をこえた人は六十歳やそこいらまでは生きている。
五十五歳で定年になって、
何がしかの退職金をもらい、
郊外に家でも建てて庭いじりなどしているうちに、
四、五年もするとうまくあの世に行ってくれた。

ところが、世の中が豊かになって生活環境が改善され、
医学も進歩して平均寿命が延びると、
五十五歳定年では死ぬまでにまだまだ間がありすぎるし、
仕事をやめるには早すぎるようになった。

成長期の日本では現実に人手不足が続いたので、
定年を一年また一年と延ばすことに、
さしたる不都合はなかった。
しかし、五十八歳から六十歳までたった二年間延長するために、
会社側と組合側で交渉に十年間もの歳月を要した。
たとえ二年でも、二年間定年を延長することによって
会社が蒙る負担は意外に大きく、
定年延長をするためには、
延長した期間の定期昇給は停止するとか、
延長をした勤務年数は退職金計算の中に入れないとか、
組合側がさまざまの譲歩をしなければならなかったのである。

だから、平均寿命がさらに延びて、
定年をさらにもう二年か三年延ばしてもらいたい
という要望は多いが、
これが実現するためにはまだどれだけの交渉を重ね、
どれだけの歳月を要するか見当もつかない。

というのも、人減らしが
さしあたりの重要課題になっている企業では、
定年を延長するどころか、
どうやって退職を勧告するかが焦眉の急になっているから、
五十歳をすぎると、
「君、もうそろそろどうだね」と肩叩きがはじまる。
定年前に退職してくれれば、
退職金を満額支払ってくれるだけでなく、
割増金も払ってあげましょうということになる。





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2014年11月24日(月)

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