第647回
粗挽蕎麦のヒミツ
十年くらい前から、
ニューウェイブ蕎麦屋と称して、
超粗挽蕎麦粉を用いた蕎麦屋が脚光を浴びるようになってきた。
石臼挽き粗挽蕎麦の元祖は、
おそらく荻窪の「本むら庵」であることは、
誰もが認めるところ。
私も学生時代にはよく食べに行っていた。
現在の粗挽蕎麦の代表は、
岐阜の「胡蝶庵」に、
栃木県西那須野の「胡桃亭」。
通常の手打ち蕎麦屋では
60メッシュくらいの蕎麦粉を用いるのが、
「胡桃亭」の村上さんが使っているのが23メッシュ。
このメッシュというのは、
蕎麦粉を通す篩(ふるい)の線が1インチ当たり何本か
という数値であり、その篩の線の太さにもよるが、
数字が少ないほど粗挽の粉ということになる。
粗挽蕎麦の思想は、蕎麦粉は細かくするほど、
重量あるいは体積に対する表面積が大きくなるので、
風味が飛びやすくなる。
粗挽にすることによって、
蕎麦の味わいと香りを逃さないというところにある。
これは、その通りで、
確かに、胡蝶庵や胡桃亭の蕎麦は甘みに溢れている。
ところが、もう一つの事実があり、それが結構重要だ。
それは、蕎麦を石臼で挽くと、
蕎麦の実の内部は細かい蕎麦粉になり、
甘皮に近いところや、甘皮自身は繊維質が強いので、
粗く挽けることになる。
つまり、蕎麦の実を石臼で蕎麦粉に挽いてから篩にかけると、
蕎麦の実の中心部は篩を通りやすく、
甘皮の付近は篩を通りにくくなる。
この、甘皮の付近の粉は「さな粉」と呼ばれていて、
とても風味が豊かだ。
それで、粗挽蕎麦粉は
甘皮近辺の旨みと香りのあふれる成分を多く含むことになり、
旨いわけだ。
甘皮近辺を除去すると、上品な白くて細かい粉が得られる。
味は上品だが、淡白。
香りも少ない。
このような原理で、粗挽蕎麦は旨いことには変わらないが、
甘皮部分を除去しなければ、蕎麦の中心まで粗挽にしなくても、
結構風味豊かな蕎麦粉になる。
最近は、手挽き用の小さい石臼を電動化した石臼で
蕎麦粉を挽いているが、
重しを乗せて面圧を増して、
低回転にして蕎麦粉を挽くようにしている。
もとの蕎麦の実の質がよければ、
このやり方で、相当旨い蕎麦ができる。
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