第137回
老舗居酒屋の至福
老舗居酒屋とは、
江戸、明治、大正、昭和初期くらまでの間に創業されて、
長い年月にわたって商売を続けてきた居酒屋のことだ。
歴史を感じさせる佇まいと、定番の酒肴、
それに燗酒と日本人の心を本当に満足させてくれる。
神楽坂「伊勢藤」、大塚「江戸一」、月島「岸田屋」、
神田「みますや」、鶯谷「鍵屋」、森下「山利喜」、
八重洲「ふくべ」、湯島「シンスケ」、
大阪天王寺「明治屋」など、
歴史を感じさせる老舗居酒屋は、まだまだたくさん残っている。
老舗居酒屋のよさは、
その歴史的な建屋のしつらえが
とても落ち着くということを挙げる人が多い。
たしかに、江戸時代にタイムスリップしたかのような雰囲気で
飲む燗酒は本当に旨い。
しかし、私が老舗居酒屋のなかで一番気に入っている面は、
店側と客側が醸しだす絶妙のかけひきだ。
老舗居酒屋の客層のレベルは高い。
これまで酔いつぶれそうな客は見たことが無い。
一見の客が入って満席であれば、常連が早めに席を立って譲る。
皆が気持ちよく飲める雰囲気ができているのだ。
初めての店で初めはなじめなくても、
酒を二盃も飲めばもう常連のなかに溶け込むことができる。
この、店と客とで演出される店のよさは、
長年の歴史によって築き上げられてきたものだ。
創業して数年しか立っていない居酒屋では、
なかなか、このような雰囲気は確立されない。
また、老舗居酒屋の酒肴は、
ヌタ、ラッキョウ、丸干し、湯豆腐、煮込みなどの
定番ものがほとんどで、
そこに長年出し続けてきた旨さが浸みこんでいる。
どれも、酒の盃を進ませる味つけだ。
菊正宗、白鷹などの灘の酒が中心となっているが、
その燗を老舗居酒屋で飲むと時間が止まっているかのような、
ゆったりとした気分になれる。
老舗居酒屋は日本の庶民文化という観点からも、
日本に残すべき財産と言える。
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