中国人と日本人 邱永漢

「違いの分かる人」へのヒントがあります

第96回
中国大陸で成功したかったら華僑と組め その3

ではこれで全くお手あげかというと、
これであきらめるのはちょっと早すぎる。
仮に香港の人や、台湾の人が以上のような公文を
水道局長から受け取ったとしたら、
どうするだろう。

おそらく日本人のように周章狼狽することはなく、
「またか」と思うだけであろう。
法律とか規定は商売人の邪魔をするためにあるものであり、
それを楯にお金をゆする道具くらいに中国人は誰でも心得ている。

だから公共関係科長を呼び出してきて、
「お前、水道局に一走りしてくれぬか。
いくらお金があれば片がつくか、さぐってきてくれ」
と部下に様子をさぐりに行かせる。

公文の振出人が水道局長になっていても、
実権を握っているのは水道局長とは限らない。
「科長政治」といって中国でも実力者の課長や係長がいて、
その人のハソコがないと
上司がハソコを押せないケースがままある。

そういう役所内で誰と近づき、
どの程度のつきあいをすれば
うまく事なきを得るかを調べてもらう。

どこの国でも、役人は自分が責任をとらされることは
一切やりたがらない。
また自分の損になることは絶対やらない。
そのかわり水道を引くにあたって
どこを優先的にやるかについては、お金をもらったり、
ご馳走になったりした業者のために極力、便宜をはかってくれる。

香港や台湾の業者はそういうことをよく知っているから、
まずその人の人間関係を調べ上げ、
そのつてを辿って、当人と親しくなり、
やがて味方になってもらう。

そういうやり方でもしなければ、
役所の許認可を必要とする事業などに
とてもかかわりあってはおられない。

もともと役所の許認可なしでやれる商行為は
ほとんどないのだから、
日本人が大陸で協力的なパートナーなしで仕事をすることは
きわめて困難だと言わざるを得ない。

この間のギャップを埋める方法が一つだけ考えられる。
それは気心知れた香港人、
もしくは台湾人にパートナーになってもらうことである。

香港人と台湾人は比較的早くから日本人と接しているし、
日本語のできる人も多い。
何よりも資本主義体制の下で生活をしているので、
資本主義の何たるかを心得ている。

香港や台湾で日本と合弁して成功した企業はいくらでもあるし、
合弁相手でなくとも資本主義のルールに従って取引ができている。
そういう人に間に入ってもらえばいいのである。

一方、日本人と、四十何年間、
マルクス・レーニン主義の旗の下で
管理経済になれてきた大陸の中国人との間では、
話はなかなか通じない。

私の友人で北京に外国人用マンションを建てるべく
交渉に出かけた日本人があるが、
一回目に出された条件と二回目に出された条件が違い、
三回目に行ったら、もっと違う条件を出されたので、
びっくりして合弁を断念した。

もしこの交渉の過程に、香港人か、
台湾人に入ってもらって商談を進めていたとしたら、
あるいは話はうまくいっていたかもしれない。

どうしてかと言うと、海外に住む中国人は
日本人とは資本主義のルールに従って話をする術を心得ているが、
大陸の中国人と交渉のテーブルに着く時は、
資本主義も共産主義も持ち出さずに、
中国人のルールに従って詰めを行なうからである。

日本人が指をくわえて開放政策の行方を見守っている間に、
香港や台湾の企業家による投資活動がドンドン進んでいるのは、
中国人同士というルールがものをいっているからである。
そうだとしたら、日本人が中国に企業進出をする場合、
単独で進出するよりも、香港人か台湾人に間に立ってもらって、
資本主義と共産主義の間の通訳をしてもらうにこしたことはない。

私の知っているアメリカ人は十年以上も
クリスマス用の雑貨を台湾で生産していたが、
台湾の人件費が高くなりすぎたので、
エ場を深センに移すことになった。

その際、中国側から合弁を誘われたが、
台湾のパートナーが出資をし、
現地の生産責任を持ってくれることを条件として提示した。
クッションを一つ間においているので、
台湾のパートナーがカルチャー・ショックのアブゾーバーの役割を
一手に引き受けてくれていると
当のアメりカ人が私に説明してくれた。





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2012年11月13日(火)

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