中国人と日本人 邱永漢

「違いの分かる人」へのヒントがあります

第95回
中国大陸で成功したかったら華僑と組め その2

中国人は、法律や規制は
公益のためにあるとはあまり思っておらず、
役人が商売人に言いがかりをつけて
お金をゆするためにあると思っている。
だから、法の網目を巧みに脱けることに知恵をしぼる。

役人とつきあうのは、
そうした抜け道を教えてもらうためであり、
そのためにお金がかかるとしても、
なるべく安上がりにすませたいと思っている。
こういうところに、
法律を遵守する国民と法を邪魔物と思う国民の違いがある。

どこの国にも法を無視する人が存在しているが、
日本の場合は国民の中のほんの一握りにすぎない。
ところが、中国では渡世人だけでなく、
小心翼々とした善良な人民でも、口に出してこそ言わないが、
「法律は人を守るためよりは困らせるためにある」と思っている。
だから法を尊重する気持ちがうすい。

なぜそういうことになるかと言うと、
国民が基本的に自国の政府を信用していないからであり、
そうなった原因は、政府がつぶれて
それにかわる政府が新しくできても、
「スープが入れかわっても、具は同じ」
ということをくりかえしてきたからである。

腐敗した役人たちが追い払われて新しい役人にかわったとしても、
人民のために奉仕するのはほんの短い期間だけで、
またすぐ元の腐った役人に逆戻りしてしまう。

腐敗は役人に起こるものというよりは、
椅子そのものにつきまとっているものであり、
誰が坐っても重症か軽症かの違いがあるだけで、
みな同じと中国人は考えているのである。

はたして日本人がそういう中国へ出かけて行って、
役人の無理難題から自分を
うまく守りとおすことができるのだろうか。
たとえば、許可をもらいに行った時、
ワイロの要求にうまく対処できるのだろうか。

もうかれこれ十年も前のことであるが、
日本のある建設会社が中国のある大都市で
日中合作によるホテルを建設したことがあった。

ホテルの建築が半分くらいまで進んだところで、
ある日、突然、水道局長の名前で、
「目下建設中の地域には向こう十年、
水道を引く予定がないので、その旨承知おき願いたい」
という公文が舞い込んできた。

ホテルが完成しても水道が引けなかったら一大事である。
真っ青になった日本人の責任者は
すぐ市長のところへとんで行って、
「これでは約束が違うじゃありませんか。
そちらからお誘いがあってはじめた仕事なんですから」
とねじ込んだ。

すったもんだの挙句に、
「水道局長にも来てもらって説明を受けたんですが、
本当にあちらには水道を引く計画がないらしいし、
予算も立たないんですよ。
でも中日合作ではじめた仕事だし、中日友好の精神からいっても
このまま放置しておくわけにもいかないので、
市長の命令でそちらへの水道工事を
優先的に進めることにしました。
つきましては予算が不足しているので、
新しくかかる支出の半分をホテル側でもっていただけませんか。
私的企業のために、公のお金を使うのですから、
そのくらいのことはやっていただかないと
内部の説得ができません」
と秘書官を通じて返答があった。

「ホテルはできた、水道は来ない」というのよりはましだから、
とうとう水道工事費の一部負担を承知させられたそうである。

初期の対中投資が思うように進まなかったのも、
おそらくこれに似た無理難題を次から次へとぶつけられて、
うまくその要求に応じられなかったり、
合弁会社の国営事業から、
人事面で役に立たない連中を何百人も押しつけられたり、
経営訪針について
数限りなく横槍を入れられたことにうんざりして、
日本側が経営意欲を凋ませてしまったからであろう。

中国の官僚システムとうまくつきあう方法が見つからず、
また中国人の利己主義をコントロールする術を持たなければ、
日本人が大陸へ行ってもうまく事業経営はできないはずである。





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2012年11月11日(日)

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