中国人と日本人 邱永漢

「違いの分かる人」へのヒントがあります

第91回
「会社」社用族をしのぐ「社会主義」社用族(2)

長い間、台湾へ帰らなかった台湾からの留学生も
最近では少しずつ国へ帰るようになった。
帰っても拘束されず、いつでも自由に出入りすることができ、
かつ国内に経済活動のチャンスがあるようになれば、
人は頼まれなくとも自発的に帰国をするものである。

大陸の場合は、そこに至るまでに
まだかなりの歳月と社会的条件の整備を必要とするが、
すでにせきを切って自由化に向かって動きはじめた以上、
方向はきまってしまったようなものである。

こうして巨龍はようやく雲に乗りはじめた。
おそらくケ小平はこの日の来ることを
心ひそかに待っていたに違いない。
いくら先の見える人でも、またいくら独裁者の立場にいても、
一人の力をもって巨龍の身体にゼンマイを仕掛けるのは
そう容易なことではない。

十二億の人々を納得させるためにケ小平はサンプル・ケースや
テスト・ プラントをあちこちに設け、
誰の目にも届くところで、長い歳月をかけて実験をし、
その結果を人々に見せたのである。

結果はもはや誰の目にも明らかだった。
十二年前、わずか七万人の人ロしかなかった深センが
いまや百六十万人の人口を擁する近代都市に成長し、
工場や高層建築が林立するようになった。

ここまで来てしまえば、
陳雲のような体制派の老人でも
開放政策に賛成の意を表するよりほかなくなった。
それでも日本の新聞は、
「いまは開放政策の花盛りだが、ケ小平が死んだら、
保守派の巻き返しがあってどうなるかわからないさ」
といちゃもんの一つもつけないと気がすまないようである。
こういう人たちは過去のことにこだわりすぎて、
目の前で何が起こっているか
見すごしている人たちと言うよりほかない。

テスト・プラントの実験の結果があまりにも明々白々だったので、
いまの中国にはもはや保守派という人種は
存在しなくなってしまった。

十二億人の中国人が、
「開放政策以外に中国の経済を発展させる道がない」
ことをはっきり認識した上で、
市場経済への移行と、
私有財産制の一部復活と外国資本の導入がはじまった。

それを資本主義への回帰と単純に解釈するのも
正しいとは言えないけれども、
ひどく資本主義とかけ離れた動きであると思うのも間違いであろう。

テスト・プラントで実験に成功したことを実用化する段階だから
まだまだ試行錯誤の段階を出ていないけれども、
唯一はっきりしていることは、
ホモ・エコノミクスの手足を縛っていた縄がほどけて、
中国人がその持っている経済能力を
かなり自由に発揮できる環境が生まれたということである。

ここまでくれば
すでに外資に広く門戸をひらいていることでもあるし、
いよいよ好機到来と思う日本人も多いだろう。

その時期に来ていることはほとんど間違いないと私も思っている。
現に長い間、大陸に背を向けていた香港人と台湾人と、
さらには東南アジア、アメリカにいる華僑までが
なけなしのお金をかきあつめて大陸に乗り込んでいる。

だからといって対中国投資が一路順風になるかというと、
答えはむしろノーで、
いよいよこれからが胸突き八丁といってよいだろう。

中国人と一緒に仕事をやるにあたって
日本人はあまりに中国人を知らなすぎる。
同じように中国人も日本人を知らなすぎる。





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2012年11月7日(水)

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