第71回
エコノミック・アニマルとホモ・エコノミクス
もうかれこれ三十年も前になると思うが、
時の首相池田勇人がヨー口ッパ諸国を歴訪したところ、
フランスの大統領ド・ゴールから、
「あのトランジスターのセールスマンか」と言われたことがあった。
人を小バカにしたこのセリフが新聞を通じて報道されると、
日本人の多くは怒るに怒れない複雑な気分にさせられたが、
私はそれをフランス人の負け惜しみと受け取った。
もともとフランス人は他国人のやることに
いちいちケチをつけないと気がすまない
ヤキモチ焼きのところがある。
特にイギリス人やアメリカ人のように、
あとから追いかけてきて追い越していった国民には、
やっかみがあって人を下見したような態度に出る。
日本人に対して鼻先であしらう態度に出るということは、
いよいよ日本人もフランス人にとって
目障りな存在になってきたという証拠であろう。
けなされるということは
非常にしばしば喜んでよいことなのである。
たかがトランジスターと言うけれど、
トランジスターの原理は日本人が発見したものではない。
アメリカ人の手になる発見を
日本の新興音響メーカーが企業化して商品に仕上げたものである。
いまでこそトランジスターを応用した電気製品は
世界の隅々まで普及し、
ウォークマンに至っては、ついに一億個も出荷されたそうだが、
ソニーが初めて真空管に代わる
超小型のトランジスター・ラジオを世に問うたのは、
信じられないほどの大きなショックをあたえた。
世界中からたちまち応じきれないほどの注文が舞い込み、
真空管で組み立てられたどでかいラジオは
われわれの茶の間から姿を消し、
ソニーの名前は世界中に知れ渡るようになった。
トランジスターにはじまって
テレビからステレオなどの音響商品に至るまで、
メイド・イン・ジャパンは世界市場を風靡するに至ったのである。
ついには製鉄から、造船、オートバイ、
自動車のような交通機器に至るまで、
ヨーロッパやアメリカの真似にすぎなかったはずの
日本商品のすべてが先進国を追い越して、
スターダムにのし上がるようになった。
日本人は物をつくることに熱心なだけでなく、
自分らがつくった物を
外国へ売り込むことについても情熱を燃やした。
というよりそれをやらなければ、
資源に恵まれない日本は
外国から原材料を輸入することもできなかったし、
一億にあまる人口を養っていくこともできなかった。
日本人の本当の長所は物づくりをするところにあり、
それが私の唱える「日本人は職人である」
という指摘にもつながるのだが、
物をつくる日本人と物を売りに行く日本人は分業になっている。 |