中国人と日本人 邱永漢

「違いの分かる人」へのヒントがあります

第13回
日本人の江戸前、中国人の山珍海味 その4

中国人は食べ物に貧欲で、
満漢全席に出てくる料理の素材を見ても、
熊の掌とか、象の鼻とか、駱駝の瘤とか、
さまざまの珍材料が顔を並べている。
また中華料理で最も珍重される魚翅(フカのヒレ)
燕窩(ツバメの巣)、鮑魚(干しアワビ)
はいずれもインド洋、 べトナム、インドネシア、
そして日本といった遠隔の地の産物ばかりである。
中国人の山珍海味とは、
普通の人ではなかなか手に入らない、
高価な舶来の素材をいう。

これに対して日本人の珍味とは、
「きょう向かいの海からあがったばかりの鯛」だとか、
「さっき裏山で掘ってきた筍」のことである。
材料の持っている味をそのまま生かしたものが尊重されるから、
日本から遠ざかれば遠ざかるほど味がおちる。
大西洋にもマグロがとれるといっても、
ミューヨークで食べるサシミと、
大阪や京都で食べるハモとか長良川や
吉野川の河畔で食べる鮎とでは比べようがないのである。

日本料理の「酒の肴」も地元でとれた材料にはかなわないが、
肴の相棒をつとめる酒についても、
日本人と中国人とでは注文の仕方にかなりの違いが見られる。
魚をナマとか、塩焼きとか、煮て食べるとなれば、
味は淡白だから、それに合う酒となれば、
どうしてもソフトな日本酒になる。
戦後この方、日本酒は統制時代の後遺症が残っていて、
どれもこれもアルコールを添加した甘口の酒ばかりであったが、
日本人のふところ具合がよくなるにつれて、
甘口、辛口とかいった分け方のほかに、
デリケートな違いのある地酒が次々と誕生するようになった。

その味わい方はフランス料理に対するワインの関係によく似ている
それに比べると中国人の酒に対する態度はほとんど無神経に近い。
中国人は食べ物の味についてあれほどうるさいにもかかわらず、
「酒の味」については実に大ざっぱである。
アメリカに負けないほどの大ざっぱさである。

中華料理の奥の深さに比べると、
中国の酒は種類も少ないし、
製造法についての研究も行き届いていない。
紹興酒のつくり方にしても、
昔は各家庭でつくったから、つくり方によって、
あるいは保存される年月によって
微妙な味の違いがあったが、
国営事業になってからは通りいっペんのものになってしまった。
高粱酒や茅台酒、五糧液のような強烈な酒に至っては、
火をつけたら焔が立つというだけのことで、
オンチがマイクのボリュームを一杯にあげて、
が鳴り立てているような趣しかない。

このことは香港や台湾の人たちが中華料理の宴席で
レミイ・マルタンやへネシーXOを杯になみなみと注いで
「乾杯!乾杯!」とやっているのを見てもわかる。
中国人は料理についてグルメだとしても、
酒の味に関する限り、
遠く日本人やフランス人の足元にも及ばない。

私の家では、中華料理の食卓にも日本酒を出す。
立山とか、菊姫とか、浦霞とか、小鼓とか、
料理の味を殺さないソフトな日本酒を選ぶ。
もしくは、マルゴーとか、ラトゥールとか、べイシュヴェルとか、
デュクリュー・ボーカイユといったワインを出す。
金持ちになった中国人がはたしてそういう習慣を
身につけるようになるかどうか、
香港や台湾の宴会に招かれる限りではその兆候は見られない。

北京や天津に行くと、中国産のワインが
食卓に姿を見せるようになったが、
香港や台湾のようにワインが自由に輪入されている地域でも、
茅台酒やブランデーのXOが依然として
幅をきかせているところを見ると、
中国人の酒オンチぶりはそう簡単にはなおらないような気もする。





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2012年8月18日(土)

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