中国人と日本人 邱永漢

「違いの分かる人」へのヒントがあります

第8回
魚の食べ方で生い立ちの違いがわかる その2

もし今後、中国人に新しく受け入れられる
洋風の食べ物があるとすれば、
それはアメリカ文明を代表する
マクドナルドのハンバーガーとか、
ケン夕ッキー・フライドチキンなどであって、
これは食べ物というよりはアメリカ風の
ライフ・スタイルといったほうが正しいであろう。
中年以上の中国人は、あれを一口、口に入れてみて、
思わず吐き出すというところまではいかないにしても、
目を白黒させてしまう。

そこに次の世代とのギャップが生じていることは、
おそらく日本でも大同小異であろう。
しかし、そういう年輩の中国人でも、
日本料理に対しては一目も二目もおく。

台北、香港はもとよりのこと、東南アジアの各地でも、
日本人の行くところには必ず日本料理屋があるが、
そういう店で日本人の次に常連になっているのは、
その土地で事業家として成功している
裕福な中国人たちときまっている。

というのも、中国人にとって、
日本料理は自分らの発想の外にある、
ルーツの違う料理だけに、好寄心も手伝って、
実際に口にいれてみるとそれが結構おいしいことに気づいて、
サシミにもスシにも抵抗を覚えなくなるからである。

遠い西の果ての西洋料理が中国料理の亜流で、
すぐ海をへだてた目と鼻の先の日本料理が異質というのも、
考えてみれば不思議な話である。

おそらくこれは日本人が海洋民族、
魚食民族の子孫であるのに対して、
中国人の祖先が狩猟・農耕民族だったからであろう。
いまの日本人にもその名残りはあるが、
日本人の祖先たちにとって最大の栄養源は海産物であり、
大自然が育ててくれた海の幸を、
「大漁」の旗を立ててとって帰ってくれば、
それでメシが食えた。

日本人ほど食生活の中で、
水産物が大きなウェイトを占めている国民は珍しい。
その日本人が肉食に親しんだのはせいぜい
この百年のことであり、「美味佳肴」「酒の肴」
という表現があるように、
ご馳走といえば海のものときまっていた。

当然のことながら、魚のおいしい食べ方を
一番よく知っているのは日本人である。
たとえば、日本のことは何一つ知らない外国人でも、
日本人が魚をナマで食べることは知っている。
サシミやスシが魚の食べ方として
広く日本人に親しまれているのは、
それが魚の一番おいしい食べ方の一つだからである。

ただし、ナマで食べるためには、
魚が新鮮でなければならないし、
またナマで食べても、
寄生虫に悩まされないですむことが条件の一つになる。

その点、島国日本は四周を海にかこまれていて
新鮮な魚介類に恵まれているし、
若干の川蟹の類を除けば、川魚もほとんどナマで食べられる。
わずかに「鯖の生き腐れ」といわれているように、
炎天のもとで腐敗しやすい性質の水産物があるていどである。

日本人はそういう魚介類を、酢を上手に使って処理する。
しめ鯖もその一つだが、貝類の酢の物もそれにあたる。
なかでも圧巻はご飯を酢であえるスシであろう。
スシは手で握って食べる。
食べるほうも手でつまんで口にもっていく。
その食べ方はご飯を丸めて手で食べる
東南アジアの食べ方を連想させる。

もっとも東南アジアでは、
広東省の艇家(水上生活者)を除けば、
魚をほとんど生食しない。
またご飯に酢をまぜあわせるようなことはまずない。
どうして日本人だけがご飯の中に酢をまぜたりするのだろうか。
酢は米からつくられるから、東南アジアの人たちが
酢をつくってご飯にまぜても不思議ではないのに、
東南アジアにはその習慣がない。
どうやら日本人は、同じ南洋系の民族でも
緯度的に北寄りに住むようになってから
酢の味を覚えたとしか思えない。





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2012年8月13日(月)

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