第6回
箸の形も違うが、置き方まで違っている その3
次に食卓の上での作法であるが、
日本の戦前のいわゆる中国通の本を読むと、
中国では料理を食べたあと、
なるべくちらかすのが礼儀だなどと出鱈目なことが書かれている。
また出されたご馳走は全部食べてしまわないで、
残すのが礼儀だと書いた本もある。
いずれも正確な記述ではない。
テーブルの上をよごしたり、
床の上におとしたりしないように気を使うのは、
あまりに他人行儀でそんなにかしこまる必要はない、
というほどの意味であり、
昨今のようにじゅうたんの敷かれた上で食事をするようになると、
床におとされたらえらいことになる。
また少し残したほうがいいというのは、
その昔、使用人は一家の主人たちの食べ終わったあとに、
その残り物で食事をする習慣があったからである。
使用人が残り物を食べる習慣のないところや
レストランなどで、そんな配慮をする必要は全くなくなった。
食卓の上での礼儀作法で、
中国人と日本人の一番違うところは多分、酒の飲み方であろう。
日本人にも「乾杯!」といって
杯を手にとって同時に飲む習慣がある。
また「献杯」とか、「お流れちょうだい」とか、
相手の杯をもらって酒を飲んだり、
自分の杯を相手に渡して酒を飲ませる習慣もある。
そのために、杯洗という水をいれた器が用意されていたが、
風邪がうつる心配もあるし、
さすがに最近はほとんどハヤらなくなってしまった。
日本人の乾杯は宴会のはじまる時だけで、
あとは各自勝手に飲むようになっている。
自分の酒量に合わせて自分で調節するのだから、
合理的な飲み方といってよいだろう。
ところが、中国人は必ず誰かを誘って一緒に飲む。
たとえば、十二人でテーブルを囲んだ場合、
その日のホストが杯をあげて、「さあ、皆さん、
きょうは本当によくいらっしゃいました。乾杯!」とやる。
「乾杯」とは日本人のように杯をあげて適量飲むことではなくて、
文字通り杯を乾してしまうことを言う。
だから一滴も残らないように全部乾してしまわなければならない。
「乾杯!」と言った以上、全部飲んでしまわないと、
カラにするまで催促される。
次にホストが主賓をス夕ートに自分以外の十一人に一人ずつ
「乾杯!乾杯!」と言って酒をすすめる。
他の同席者からも主賓に次々と献杯が行われる。
それに一々応ずると、少なくとも十二杯の酒を乾すことになる。
酒のやりとりはそれだけでは終わらない。
献杯をされると、必ず返礼をしなければならない。
それを一人一人まわすと少なくとも二十三杯になる。
下戸の日本人が中国人の宴席に招待されて、
「乾杯!乾杯!」とやられると、
それだけで意識不明におちいり、
這うようにしてホテルに戻って
そのままバタンキューといったことが起こる。
中国人の宴会はおそろしいとびっくりするが、
だんだんと慣れてくると、「乾杯!」と言われても、
「随意」と答えて、相手の攻勢をかわせばよいことがわかってくる
中国人のなかにだって下戸はいるのだから、
下戸ばかりいじめられる道理はないのである。
ただ相手が飲めようが飲めまいが、
「乾杯!乾杯!」といってすすめるのが中国式接待法だから、
それをまともに受けると、えらい目にあわされてしまう。
酒のすすめ方だけ見ていると、
中国人はみな大酒飲みと思うかもしれないが、
酒の消費量からいえば、日本人のほうがずっと大酒飲みであろう。
むろん中国人の中にも、「斗酒なお辞せず」という人があるが、
中国人は酔っぱらうほど飲まないし、
酔いつぶれて大虎になっている光景を日本で見ることはあっても、
中国で見ることはまずない。 |