第5回
箸の形も違うが、置き方まで違っている その2
また主賓に一番用事があるのは
本当はホストであるということもあるし、
主賓にサービスするのがホストの役目であってみれば、
ホストが主賓の隣りに坐るのはリクツにかなっている。
ごく親しい間柄なら、台湾でも主賓の隣りにホストが坐ることは
必ずしも珍しいことではない。
ところが、こうした座席の上下があるばっかりに、
いざ席に着こうとすると、お客同士で席の譲り合いがはじまる。
それもちょっとやそっとの譲り合いではない。
五分も十分もかけてお互いに謙譲の美徳を発揮する。
私など日本のやり方に慣れているので、
二、三回譲り合いが続いたら、
あとはもう時間の無駄だと思ってすぐに上座に坐ってしまうが、
こんなことでは礼儀にかなうとはいえない。
昔風の人ほどそういう譲り合いに時間をかけるので、
最近の中国大陸ではあらかじめテーブルの上に
名札を置いておくことが多くなった。
これだと、内心不満があっても、
決められた通りに坐ることになるから、
譲り合いの風景はあまり見られなくなった。
やっと座席に着いて食卓の上を見ると、すぐに気がつくことがある
中国人と日本人とでは、箸やスプーンの置き方が違う。
箸を使うという点では、中国人と日本人は共通しているが、
日本人は箸を横に並べる。
これに対して中国人は縦に並べる。
また日本食のお膳にスプーンが並ぶことは珍しいが、
茶碗蒸しにスプーンが添えられて出てくる場合も、
スプーンは皿の上に横に並べられて出てくる。
中国人はおつゆを飲むのに、
西洋人と同じように必ずスプーンを使うが、
西洋スプーンを中華料理に使う場合でも、必ず縦においてある。
細かいことになるが、箸の形が日本と中国ではまた違う。
日本人の使う箸は、女物が男物より一まわり小さいが、
中国人には男女の区別がない。
ついでに申せば、日本には夫婦茶碗というのがあって、
女の茶碗のほうが男のそれより小さいが、
中国にはこうした区別はない。
女のほうが男より小食ということはもちろんないし、
小さいほうが上品だという発想も全くない。
だから箸も茶碗もすべて男女共用で、
特定の箸を特定の人が専用にすることも少ない。
洗ったあとは、どの箸が誰のものだかわからなくなってしまう。
もちろん、箸箱といった特定の容れ物もない。
また箸の長さにしても、中華料理店でご体験の通り、
中国人の使うものは日本人がふだん使っているものよりずっと長い
どうして中国人の箸のほうが長いかというと、
中華料理は円卓を囲んで卓上一杯に料理が並ぶので、
遠い皿にも手が届くように配慮されているというのが一つ、
もう一つは、隣りとそのまた隣りくらいまでは
料理を挟んで皿に入れてあげるのが礼儀なので、
そのために自然に箸が長くなったのだと説明されている。
そういえば、日本食の場合は、
はじめから一人前ずつに分けられて出てくるから、
自分のロまで届けば事足りてしまう。
箸が中華箸のようにあんなに長い必要はどこにもない。
また日本の箸は先に行くほど細くなっている。
中華箸が先のほうまでズンドウになっているのに
比べると鋭い感じがする。
この違いをどう解釈するかはむずかしいところだが、
日本人が海に囲まれた島国に住んでいて、
基本的に魚を食べる海洋民族であるのに対して、
中国人は内陸部に住み、
肉食を主とする牧畜もしくは農耕民族出身
だからというのではどうだろうか。
毎日魚を食べておれば、
魚の骨をかきわけなければ、
美味にはありつけない。
魚のうまさは骨と骨の間にある。
箸はどうしたって先の尖った形に落ち着いてしまう。
「酒の肴」という日本語に対して、
「酒池肉林」という中国語を対比させれば、
日本人と中国人のご馳走の中身がいやでもわかってしまう。
食卓の上の習慣でいえば、
中華料理も日本料理も、
コースの途中でおつゆが出てくる。
日本人はおつゆを盛るのに漆器を使うことが多いが、
煮物やまぜごはんを盛るのにも漆器を使う。
中国人は菓子だとか、煙草を盛るのに漆器を使うことはあるが、
水気のある物を木器に盛ることはほとんどない。
この違いは日本の漆器が水に強いのに対して、
中国のそれは水気の多い物を入れるに適していないせいだと、
東京芸大の先生に教わったことがある。
そのせいだろうか、中国人は
汁物もご飯もたいていは陶器か磁器に盛る。
それを口に運ぶ時は必ず匙を使う。
日本人のようにお椀の縁に口を持っていって、
音を立てないように流し込むような飲み方をすることはまずない。
音を立てることはおいしさの表現ではあっても、
行儀の悪いことだとは思っていないからである。 |