一時期は自動車もその扱い商品になったことがあるが、自動車は右から左へと売りっぱなしというわけにもいかず、全地域にまたがる販売網とアフター・サービスを要求されたので、商社の手に負えなくなり、各自動車、メーカーが独自のネットワークを持っように切り換えられていった。そうした取りこぼしはあるが、問屋のなかの問屋として産業の発展にうまく相乗りのできた商社は、三井、三菱、伊藤忠、丸紅、住友のように世界的スケールにまで発展した。また繊維とか材木とか鉄鋼を主として扱っていた販売会社が、商いを拡大していく過程で多角化を図り、扱い商品を多様化することによって商社の仲間入りに成功したものもある。いずれも国内の農産物とか、国内メー力ーが必要とする原料の調達とか、それらのメー力ーの商品の販売のプロセスで仲介の役割をはたすことによって日銭を稼ぐことから出発しているから、それが世界的スケールまで拡がっても、日本の商社にできる仕事の範囲は限られている。すなわちあくまでも日本国内のメー力ーや卸売商のために、原料を調達したり、その製品を売ったりする場合に限られており、第三国のあいだの仲介をすることは必ずしも得意ではなかったのである。たとえば、繊維会社の必要とする糸の納入もすれば、その工場でできあがった製品の販売にも介入する。また製鉄会社のために、鉄鉱石や粘結炭や、その他の材料の調達にもたずさわれば、できあがってきた鋼材の販売にもたずさわる。メー力ーへの原料納入と製品販売の双方にかかわって、往復ビンタで日銭を稼ぐ場合もあれば、入る分にだけかかわって、出る分には関知しない場合もある。前者の場合は、売る先が同じように業者であり、需要量もほぼ予想が立ち、代金の回収も容易なことが条件であり、後者の場合は、メー力ーの製品の販売先が一般消費者であったり、細かいサービスや配達業務を必要とする小売業者であったりすると、商社の介入する余地がなくなる。
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